狂人
「カエルをいじめるのは止めなさい」
「どうして?」
「カエルさんが痛がるだろう?」
「……? でも、おれは痛くないよ?」
「…………」
自分の息子が生来の異常者なのではないかと疑い始めたのは、息子が幼い頃だった。
残虐、残酷。自分が人をいじめるのは好き。他人が誰かをいじめるのを見るのも好き。人でなくても、動物でも、いや生命なき機械や道路が壊れていく様を見るのも好き。
それでいて取り繕うのは上手で、本性が垣間見えるのは「こいつなら大丈夫」と判断した人間だけ。それ以外の人間にはただただ好青年にしか見えない振る舞いをする。
恐ろしい。仮に、息子が自分に刃を向けたとしても、この鍛えた体が勝利か、悪くても相打ちに導いてくれるだろう。
けれど、もし他の人間に向けたとしたら。
「………」
それが、何よりも恐ろしい。
「何ぼーっとしてんの?」
「……日陰か、気にするな」
高校生となった当の息子はのんきにしている。普段の生活で、いじめ問題なんて起こしていない。むしろ、いじめられていた子を助けたことすらあるという。
────ただですね、なんというか、少々過激というか。
いじめの現場を目撃して、いじめていたヤンキーに殴りかかり、全員の前歯を折ったときに、当時の担任はそう言っていた。
「お前、ヤンキーみたいな悪い奴相手には何してといいとか思ってるだろ?」
「そうだけど?」
息子の中の刃は成長した。カエルなどもう相手にしない。ターゲットは人間に。そしてヤンキーのような周囲から嫌われる人間を選ぶようになった。
思う。いつか息子は、誰かを手にかけるのではないかと。
「………うちの沙代もそうなんだよ」
親戚から、相談を受けた。いわく、娘の沙代も日陰と同じく残虐なものに惹かれるのだと。
「躊躇いがないんだよ。生きてるものを傷つけるのに。例えば、いじめっ子が脅してきて、仕返しをするのはわかる。
けど、うちの沙代はやりすぎる。なんせ全員の前歯折って笑ってたからな」
恐ろしい、と親戚は呟いていた。
「それに最近妙なんだよ。そわそわしてるっていうか、心ここにあらずっていうか。何かあったか聞いても秘密ってばかり。
俺は、取り返しのつかない領域のことをやらかしたんじゃないかと不安で……」
親戚がそう言っていたのが数日前。
そして、葬式。そう、葬式だ。
その沙代が首を括って、その葬式が今日だった。
「…………」
親戚の家は自宅から近い。家族みんなで歩いて行った。他の家族はコンビニに寄るだの用事があるだのでバラバラになったので、今一緒に歩いているのは俺と日陰だけ。
「おい」
「ん?」
「沙代ちゃんが亡くなった理由、分かるか」
同世代の親戚だし何か知ってるんじゃないかと、日陰に尋ねた。
「知ってる知ってる。そりゃあ、同世代のクソ悪趣味仲間だしねぇ?」
「……知っていたのか」
「なんとなく分かるんだよ。同類ってやつは。それにさあ、私なんか死んだ方がいいよねって相談は受けてたぜ?」
「本当か!? 原因は!?」
「このままじゃ大好きな家族殺しそうだから」
「!?」
フフ、と息子は笑う。
「知ってるだろ? 残虐残酷。生命を傷つけることに楽しみを覚える。俺も沙代もそういう性根だ。生まれついてのものだからそれはしゃあない。
けどさあ、まっとうに教育も受けてるんだよ。“人を殺してはいけません“ってさあ」
困るねえ、と言う。
「法律もあるし、自分を育ててくれた大好きな家族は人殺しはいけませんって言う。それは守りたい。でも生まれついての性分が、人を殺してみたいと囁いてくる。
最近本当に誰か殺しそうだから、先に死にたいとは聞いてたな。多分パソコンとか調べりゃ遺書があるぜ。
……おじさんやおばさんの教育の賜物だよ。あいつは自分の嗜好に従って誰か殺すよりも死を選んだ」
「なっ……!」
絶句する。
「俺もさあ、家族や惚れた女に手出すくらいなら死ぬね。絶対絶対楽しいけど、うん、やっぱダメなことなんだしな」
日陰は、また笑う。
「だから、いずれ俺も同じ行く末をたどるからそんときはよろしく」
「なっ……!」
「人殺して死刑になったり、刑務所に行くよりはマシだろ?」
フフ、と。教育によって自分の性質と相反する倫理観を持った狂人は微笑んだ。
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