こっくりさんの
こっくりさん、こっくりさん、おいでください。
夕方の静かな学校に、女子の声はよく響いた。周りは真剣なようだが、自分は人数合わせで詰め込まれたためはっきり言って気が進まない。
いくら幼なじみだからって、こんな女の子の遊びにはせめて他の女子を誘って欲しかった。なんで男子の自分を巻き込んだんだろうか。
「ほら、ちゃんとやってよ」
「う、うん……」
言われるままに、十円玉に指を置く。
ああ……気が弱いところを直す方法とか、教えてくれないだろうか。
*****
「こっくりさん? 今時?」
「そーそー。なんか流行ってるらしくてさあ。んで、友也のやつ、近所に住んでる女の子に無理矢理やらされたんだって。それでその子さあ、よくちょっかいかけてくるんだって。ぷぷー。アイツぜってー嫁さんの尻に敷かれるタイプだわ」
「その子、弟くんのこと好きなんじゃないの」
「かもなー。いやー、今から結婚式のスピーチ考えないとなー」
弟が女の子に振り回されているのがそんなに楽しいのか、不動くんは上機嫌だ。
「三島はやったことある?」
「なんか、無理矢理やらされたことはある……あんまいい思い出ないよ」
「ふぅん。俺やったことあったかなあ……あ、ちょっと待って」
自販機の前で立ち止まり、二百円を入れてジュースを物色する。
「……こっくりさんのルール、覚えてる?」
「紙に五十音とー、はいといいえとー、鳥居も書いてー、こっくりさんおいでくださいって言ってー、十円玉から指離しちゃいけないんだろ」
「そう。で、帰るときはお帰りくださいっていうの。じゃあそのあとはどうすると思う?」
「そのあとぉ?」
ジュースを選択してボタンを押す。ガコン、と缶が落ちる音がした。
「紙はちゃんと捨てなきゃいけないの」
「あー、なんかあったなそういうの」
「あと、十円玉はすぐに使わなきゃいけないの」
抽選が外れる間抜けた音楽を聞きながら、つり銭口から、つり銭を取り出した。
「例えば、自販機とかにね」
私はつり銭の中にある一枚の十円玉をつまみ上げると、地面へと落とした。コンコロと音を立てて転がったそれは、近くの電柱にぶつかって、表面を上にして止まる。
「え、なに……」
「ほら」
表面を天に向けていたはずの十円玉は起き上がり、また側面を地面につけてタイヤが転がるように移動を始めた。コロコロと転がっていくそれはビルの壁にぶつかっても止まることなく、重力を無視して壁を登っていき、やがて見えなくなっていった。
「ね」
「……いや、なにあれ」
「わかんないけど、こっくりさんに使った十円ってしばらく変になっちゃうから持ってないほうがいいの。
でもお釣りとしてこられたらわかんないよね。流行ってる間は買い物は電子マネーか、現金ならぴったりした額を出すほうがいいよ」
「あんぐらいなら面白いけどなあ」
「ダメだよ」
途端、近くから悲鳴が聞こえる。駆けつけると腕から血を流した人が踞り、周りの人が救急車を呼んでいた。
そばには、血に濡れた十円玉。
「このビル……何階かな。十階以上はあるよね。仮にそんなところのてっぺんから落ちてきたら、十円玉だって十分な凶器になるね」
「……ご覧の有り様だしな」
「こっくりさんに使った十円は"こっくりさん"の影響が残って、いたずらっこになるの。
……人間と"いたずら"の基準と価値観が違うお化けの影響がある十円、持っていたい?」
「いやでーす」
「でしょ。……あ、はい、十円」
財布から十円を取り出して不動くんに渡す。安全のためとはいえ取り上げてしまったのだから補填はしなくちゃいけない。
「別にいいのに。ま、貰っとけるものは貰うけど。ところであれ、いいの?」
血まみれの十円は、いまだ道路に静かに横たわっている。
「私にはどうこうする能力はないし……明日にはただの十円になってるよ。それまでに、死人が出ないといいね」
「おお、こわいこわい。友也にも変な遊びするなって言っておくか」
救急車が到着する。現場はバタバタとしたあと、怪我をしていた人は運ばれ野次馬は解散した。
血の臭いをかき消すようにひゅうと秋風が通り抜けたあとには、いたずらっこの十円玉は姿を消していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます