透明な奴ら

 透明人間になる薬を手に入れた。


 働くのが面倒で、社会生活が嫌になって、いっそ透明人間にでもなって盗みで生活を成り立たせたらいいかなんて夢のようなことを考えていたときに、ネットでdokidoki-san.comなんてサイトを見つけた。商品は全部無料で、漫画に出てきそうな不可思議なものばかり。

 酔った勢いで透明人間になる薬を注文して、酔った勢いで説明書の通りに一口飲んだ。

 5分間、本当に透明人間になった。体が透けるわけではなく、コンビニに行こうが、誰かにぶつかろうが、全裸になって警察に行こうが、誰も気にしなくなる。

 これは本物だと確信し、一週間連続で飲むと戻れなくなるから気を付けろという警告文を頭に叩き込む。しかし、これで盗みをするというのは自分のなかにわずかに残る社会性が躊躇いを生んだ。

「まあ……それは、金がなくなってからでいいか」

 結局、今は夜に誰にも気にされることなく散歩したいときに使った。まったく気が小さい人間である。

「にゃあ」

 そんな風に透明人間になって散歩をしていると、猫の鳴き声を耳がとらえた。一気に頬がゆるむ。なんせ、この薬を飲んでいる間はどんな猫でも腹をなで放題、どこを触ってもひっかこうとしてこないのだ。

 さてどんな猫が……と鳴き声のするほうを見ると、やはり野良らしき猫がいた。

「にゃあ」

 猫は、まっすぐと、透明人間であるはずのこちらを見ていた。

 そしてそのまま薬の効果が消えたころ、スッ、と猫は消えていった。


『多分ー、何かがあってこの薬を一週間摂取した猫じゃないかな??? 野良でしょ? 水分摂取のつもりでどこかで飲んじゃったんじゃないかな~????』

 販売サイトに問い合わせると、そう返ってきた。

『説明書にも書いてあるけど、透明人間同士は見えるんだよね、逆に! お客様が透明人間の間は透明猫ちゃんが見えるんだね~』

 一生透明猫の猫。それは餌をとるのは楽だろうが、人間に拾われることもない。車に轢かれて怪我をしても、誰かが動物病院に連れていってくれることはない。

 その後、透明猫がいた場所にまた訪れる。そこはただの草むらに見える。

 自分の薬を一口飲んだ。

「にゃあ」

 猫の声が聞こえてきた。


「山田です。よ、よろしくお願いします」

 なんやかんやで就職した。一生懸命働いて、お金を稼いだ。

「がんばって働くねぇ」

「野良猫拾ってしまいまして。餌代とかいろいろあるので……」

「あー、わかるわかる。お金かかるけど、猫は稼げないから人間が稼がないとねえ」

 家に帰ると、部屋には誰もいない。ただ、餌はしっかり減っているから大丈夫だろう。カレンダーでちゃんと薬を飲んだ日をチェックして、今日は飲んでもいい日だと確認する。

「にゃー」

 透明猫は、ベッドのなかで丸まっていた。手を差し出すとすりすりと体をすりよせてくる。ほんの5分間だけの触れ合いだが、そのために今日も一日仕事をがんばってきた。

 


 

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