地下鉄の夢
市民、特に若者の中にまことしやかに流れている噂がある。
仙台市の地下鉄に乗ると、海が見えるという。
ありえない。そもそも地下鉄だから当然走っているのは地下だ。けれど、地下鉄に乗ってうとうとしてはっと目を覚ますと、車窓の外に海が広がっているのだという。他の乗客も普通につり革を掴んで立っていたり、座席にじっと座っている。そして、自分すらその窓の外から入る陽光も、輝く海のこともなんらおかしく思わずに、またうとうとと寝入ってしまうのだ。
そして目を覚ますと元の地下鉄であり、そこでようやくおかしいことだったと気づくのだ。
みんなただの夢だと処理している。ただ、みんな同じ夢を見ること自体が不思議だと思っている。
地下鉄に乗ってうとうととしたあと、三島が目を覚ますと窓の外に海が広がっていた。白い砂浜も、生き生きとした植物もはっきり見える。まるで海沿いの普通の列車に座っているかのよう。
「……………………」
例の"夢"なのだと理解した。とはいえ、握るカバンの感覚も、耳に入る音も、夢とはとうてい思えないリアルなもの。
それに、乗客はみんな一様にうつむいていて、異様に暗い影がかかっていて表情が伺えない。なんとなく、人じゃないのはわかった。
またうとうととしてきた。噂の通りなら、また眠ればもとに戻れるはずだ。
かつ、かつ、かつ
電車の動く音に負けない靴音がする。ハイヒールのような音。
眠気に負けて頭がどんどん働かなくなる。視線も下に落ちていく。視界がどんどん狭まっていって、ほとんど線のようになっていった。
かつ、かつ、かつ
ハイヒールの音がする。狭い視界の中に赤いハイヒールのつま先がうつり、自分の前に誰かが立ったのがわかった。
誰かが髪に触れてきたのがわかった。
*****
気がつくといつもの地下鉄の中だった。暗い車窓、スマホを眺めている人々。よく見る広告。いつも通りの地下鉄。
夢、夢かな、と思いながらさきほど最後の最後に触れられた箇所に触れる。そうするとズルリと何かが抜けて手のひらに絡まった。
それは自分の髪の毛。先っぽが焦げてしまっている髪の毛だった。
地下鉄の夢。夢で済むのは、夢で終わらせることができた人だけ。多分、そういうものだろう。
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