目を逸らす

 ああ、本当に"いる"なんて。


*****


「なあ、空にお化けとか浮いたりしてねえの?」

 二人で外を歩いていたら、急に不動くんがそんなことを言い出した。

「空に?」

「幽霊はふわふわ~って浮いてるじゃん? そうだよな? お化けはどうなんだろうなって。今どんなもんがいるの?」

「浮いてるお化け……」

 空を見上げる。個人的な分類で死人は幽霊、人型で小さくてコミュニティを築いているのは妖精さん、それ以外はお化けとしている。

 だから、"お化け"にはよくわからない存在も多い。

「いくらの軍艦巻きがいるけど」

「いくら……?」

 想定外だったようで、不動くんは怪訝な顔をしている。

「おっきないくらの軍艦巻きが空に何十個か浮いてるの」

「うまそうじゃん」

「そして赤っぽいいくらの軍艦巻きとオレンジっぽいいくらの軍艦巻きに分かれて戦争をしているの」

 数ヵ月に一回は見る光景だ。よくよく見れば木陰では妖精さんたちも水筒持参で戦争を見守っている。

「向かい合ってお互いにいくらを撃ち合ってるの。なんでそんなことしてるのかはわかんないけど」

「いくら撃ち合ってどうすんだよ……ダメージねえじゃん……」

「ううん、放たれたいくらは着弾するとちゃんと爆発して敵のいくらの軍艦巻きを撃破するの。

 バラバラになった軍艦巻きのお米やいくらや海苔は地上に降り注いでお化けとか妖精さんのご飯になるの。この時期は傷みやすいから早めにゲットするためにみんな観戦してるんだよ。

 ついでにどっちのいくらが勝つか賭けもするよ」

「ここはイギリスじゃねえんだぞ」

 あの国はなんでも賭け事にしてしまうんだったか。テレビで見たことがある。

「見た感じお互い五分五分かな。今日は決着はまだつかなそうかな……」

「……他にもいんの?」

 たまにお化けのことは聞かれるが今日はやけに熱心だ。珍しいなと思う。

「あちらこちらの庭の木に、クレヨンで描いたみたいな外見の青いうさぎさんが一匹と、たくさんのピンクのうさぎさんがいるよ」

「あ~、かわいいじゃん」

「でも青いうさぎさんはうさぎさんだからピンクのうさぎさんの首を切って生首を作ろうとするの。ピンクのうさぎさんも青いうさぎさんを殺そうとするの」

「全然かわいくねえわ」

「青いうさぎさんはピンクのうさぎさんの生首で干し首を作るの。干し首ってわかる? な生首を煮込んでサイズダウンさせて乾かしてちっちゃくさせたものなの。それでネックレスを作ってるんだ」

「処刑しようぜそんなん」

「ゾンビだから」

「?」

「元々は全員青いうさぎさんだったの。でも病気が流行って次々死んでいっちゃって、ピンク色のゾンビうさぎさんになって復活したの。そしてゾンビうさぎさんは青いうさぎさんを殺そうとするの。

 今の青いうさぎさんは最後の一匹だよ。体も少しピンクになりかけているから、死んでないけど体が腐りかけてるんだろうねそのうちゾンビうさぎさんになるだろうね。

 干し首にしてるのは……普通に体を壊すだけじゃゾンビうさぎさんだから普通に動くからね。多分そうさせないためだと思うよ。友達がゾンビで動くなんて嫌だろうし」

「……その青うさぎがゾンビになったら誰がどうするんだよ。ゾンビ化しかけてるんだろ?」

「自分で死ぬか、他のお化けが仕留めるかどっちかじゃないかな。そんなに強くないからね青いうさぎさんって。たまにお化けに食べられてるところ見たし」

「………………わあ、儚い」

 不動くんは苦々しい顔をしている。

「あー……他にいるの、空にいるお化け」

「無限ビスケットがいるけど」

「何それ」

「十分に一回、二倍に増えるビスケットだよ。一個が二個に、二個が四個になるよ」

「普通にヤバイやつじゃん……」

 ドラえもんで見たぞそんなの、と言っている。私も読んだことがあるが、あれは栗まんじゅうだったか。

「ほっといたらビスケットで宇宙が埋まるぞ」

「そうだね。でも食べてる……お化け? がいるよ」

「なんで疑問系……」

「わかんない。私にも視えないし、妖精さんたちにも視えないんだって。

 でもね、いつもビスケットが出てきてしばらくして数十枚くらいになったら"誰か"が食べてるの。歯形っぽいのがついて、誰かが食べてるみたいに欠けていって、そのうち消えちゃうの」

「…………そいつらが食べなくなったらどうなるんだよ」

「多分、宇宙がビスケットで埋まって終わるんだろうね」

 その場合、霊感がない人ってどうなるんだろう。霊感がない人はお化けを五感で認識できないなら、増え続ける無限ビスケットも認識できないが。

「というかそれはお化けのカテゴリでいいのか……?」

「私はわけわからないのはみんなお化けでくくってるから……」

「雑ぅ」

「細かくわけても誰の役にもたたないし、どう分類していいのかわからないのもいるし……存在というより概念みたいなのとか……」

「概念……?」

 お化けの世界はわけのわからないものが多いのだ。真面目に考えると気が狂う。

「……ああ、ちょっとのそこのコンビニ入っていいか」

 いいよ、と言って、丁字路の角を曲がった。


*****


 ああ、道路工事で迂回する羽目になったからといって、うっかりこの道を通ってしまった。

 三島は知らないようだが最近このあたりには露出狂が出るのだ。変態が出るポイントは丁字路の少し前にある、左側へと伸びる細い路地。

 もし今まさにそこに露出狂がいて、三島が見てしまったらどう感じるだろうか。一生のトラウマに……いやなんかそんなイメージないけど……普通に無視か通報しそうだけど……いやでも女の子だし、傷つくかもしれないし、下手に反応すると露出狂が襲ってくるかもしれないし、念のために万が一変態がいても三島の目に入らないように気を逸らそう。

「なあ、空にお化けとか浮いたりしてねえの?」

 よし、これなら三島の視線が上に固定される。まあ、念のためだ念のため。念のために三島に気取られないように、ちらっと、一瞬だけ細い路地を確認して。

 ……うわ本当にいた。炎天下で露出なんてしてんじゃねえよ殺すぞ。くそ、俺だけだったらこの場で殴り倒してるのに。

 丁字路を曲がったところにコンビニがある。そこのトイレで通報しようそうしよう。そうしたらあんな粗末なものが三島の目に触れずに、警察が対処してくれる。

「……ああ、ちょっとのそこのコンビニ入っていいか」

「いいよ」

 待ってろ変態。お前の社会的な寿命はすぐそこだ。

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