好きだった娘の思い出(前編)

「不動くんって御山くんと付き合ってるの?」


 いやなんでだよ、とツッコミをいれる。

「だってなんかべったりしてるし」

「お友達ですぅー」

 唇を尖らせる。当時、つまり中一の俺はいろいろあって御山を守ると奮起していたから、たまーにそういうことを聞かれたのだ。

「だいたいね、俺今狙ってる子いるからな。もちろん女」

「えっ、誰!?」

「春山」

「あー」

 納得、といったかんじ。同じクラスの春山は、いつもみんなとは距離を置いて、静かに読書をしている美人だ。見た目とか、頭がいいとか、声とか、いろいろ良い点は多いが、俺は本を読んでいるときの春山が常に背筋を伸ばしてしゃんとしているところが一番好きだ。かっこいい。

 俺が春山のことを好きになったのは入学してからしばらく経った頃の林間学校だった。目的地につき、長いバスから降りて、俺は背を伸ばしていた。春山も、たまたま近くで靴紐を結んでいた。

 そのときだった。バスからバス酔いしたやつが友達に見守られながら降りてきた。そいつは真っ直ぐにトイレに向かおうとしたが、窪みにはまってよろけた。

 途端、嘔吐した。春山の頭の上に。

 惨劇だった。思わず全員息をのんだ。春山はしばし停止していたが、涙目になって謝っているそいつに向かって、

「気にしなくていいから。それより、早くトイレ行って全部吐いてきなよ」

 とだけ言って、自分も髪とジャージを洗うためにトイレへと向かった。

「文句とか言わねえの?」

 班行動でいっしょになったときに聞いてみた。髪を洗い、替えのジャージを着た春山はすっかりいつも通りに戻っている。そんな春山は例の一件について、全く愚痴も何も言わないのが不思議だった。

「俺ならぜってー愚痴るけどな」

「そうだね」

 でも、と付け加えた。

「生理現象に文句なんて言ってしょうがないでしょ」

 淡々と、それだけ。あんなことをされたのに、恨む気配は一切ない。

 俺はそれですっかり春山のことが好きになった。


「愛してるぞ春山ぁ」

「そう」

 そっけない声。それがまた好きなんだが。放課後、御山が用事を済ませている間に、爪の手入れをしていた春山に話しかける。

「爪先まできれいとか最高いい女じゃん。デートしてくれよ」

「嫌」

「冷てえ。かわいい」

「………」

 ガラ、と教室の扉が開いた。

「不動。終わったけど」

「お~。帰ろうぜ。どっか寄ってく?」

「ワンピの新刊買いたいから本屋寄りたいけど、大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫。

 じゃあな春山! また明日!」

「…………」

 春山は見向きもしない。それが常だからなんとも思わない。俺はいつも通り御山と二人で、家路につくのだ。

 


「あのさ、不動くんって春山さんのこと好きって本当?」

「おう。そうだけど?」

「……ごめん、ちょっと時間もらっていい?」

 クラスの地味な女子の原から、急にそう話しかけられた。グループ学習でくらいしか話したことがない相手からの誘い、そしてその真剣な顔。俺は原についていった。ついていった先は誰もいない空き教室だ。

「ごめん、今から言うこと、不動くんには不快かもしれない。けど、やっぱり伝えないのは、嫌だなって」

「……マジっぽいな。なんだよ」

「春山さんさ、うちの近くに住んでるの。だからどんな子だったのかって私、だいたい知ってる」

「?」

「あの子が好きになった子はね、みんな死んだり、おかしくなったりしてるの」

「……へ?」

「本当。事故とか病気とか、いろいろだけど……こんな風にね」

 原が下着が見えることも気にせず服を脱いだ。そこにあるのは白い肌。そして、ミミズ腫れのような痕が、びっしりと。

「なに……それ」

「春山さんのお姉さんの、呪い」

「呪い?」

「春山さんだって、最初はちょっと大人しいくらいのただの人だったよ。けどね、双子のお姉さんが、事故で亡くなってから、変なことが多いの」

 春山の双子の姉が故人となったのは小学一年生のときのことだ。階段で足を滑らせた結果の事故死。

 姉は春山のことを溺愛していた。双子なのに性格は大きく違い、引っ込み思案の春山と比べたら、姉は活発で誰とでも友達になれる子だった。それでも姉は友達よりも春山を常に優先していて、いつもいつもかわいいかわいいとかわいがっていたそうだ。

 そんな姉が事故死してから、春山の周辺で不可解な事故や事件が多く起きた。春山に惚れていた男子がいきなり歩道橋から転落して死亡した。周囲の目撃情報によると、誰かに押されたかのように急に前に倒れたという。けど、その子は行列の一番後ろにいたそうだ。他にも数人、大人しいけど美人の春山に惚れていた男子は、多少程度の差があれど事故に遭ったという。

 またあるときは、班行動でもたもたしていた春山を叱りつけたクラスのリーダー格の女子が、原因不明の病でしゃべれなくなったようだ。

「事故に遭っても生きてた子が言ってたの。意識不明の時、春山さんのお姉さんが夢にでてきて、『お前じゃあの子に相応しくない』って言われたって。しかも複数の子が言ってたの」

「…………春山に惚れたらその姉が手くだして、なんかあるってことか? でも俺それっぽいのなんもねえけど」

「全部罰するわけじゃないよ。だってお姉さんは、春山さんにふさわしくない子を事故に遭わせてるの。選んでるの。だから、お姉さんのお眼鏡にかなった子は、何もないよ」

「ほー。じゃあ俺はOKってことか」

「でも、それで安心はできない。

 前にもね、あったの。見た目も成績も良くて、運動もできる子が春山さんを好きになった。いい人だから、お姉さんはその人には、何もしなかった。

 ただし、その周りは別だった」 

「周り?」

「その人の妹がね、大病で入院してたの。妹想いの人だったから、学校帰りにちょくちょく病院にお見舞いにいってたの。自然と、春山さんといっしょにいる時間は少なくなる」

「…………」

「ある夜、妹は夢を見たの。春山さんのお姉さんの夢。お姉さんは『お前のせいであの子がさみしがってる。お前なんていなければいいのに』って。その日以降、妹の病気は悪化した。そして、辛うじて意識があった妹から話を聞いたその人は、妹の命を優先して、春山さんから手を引いた」

「……………」

「春山さんもきっとその人が好きだったんだろうね。結局その人も事故で亡くなったよ。最期に言ってたの。春山さんのお姉さんが『あの子を悲しませるなんて許さない』って」

「はあ? 何それふざけんじゃねえよ。悪霊じゃねえか!」

「でしょ」

 原は服をようやく着た。

「その妹が私。この痕は、病気が悪化したもきに浮き出てきたの。これも原因不明。

 お兄ちゃんを手にかけた春山さんのお姉さんのことなんか大嫌い。でも私にはなんにもできない。だからせめて、忠告してるの」

「お前……」

「話しかけ始めて間もない不動くんならまだ引き返せると思う。

 じゃないと、不動くんじゃなくて、御山くんが危ない」

「……っ!」

「だってそうでしょ。私、御山くんの親戚なの。だから御山くんに何があったのか知ってるし、御山くんを守りたい不動くんの気持ちも分かる。だからいつもいっしょにいるんだよね。

 だから、お姉さんが狙うなら、不動くんより御山くんだよ」

「…………だろうな」

 俺は御山が危険な目に遭わないようにいっしょにいるのだ。自然と春山といっしょにいる時間は減る。春山の姉は俺のことを認めているのだとしたら、御山は邪魔者だ。

「じゃ、忠告終わり。強制することはできないけど、よく考えてね。

 ……もう嫌なの、葬式」

 言って、原は空き教室を出ていった。


 好きな娘といっしょにいると、親友が不幸になる。

 親友をとれば、好きな娘と付き合うことはできない。

(くそっ、なんでそんなクソ姉ルールに巻き込まれなきゃなんねえんだよ!)

 イライラしながら階段を上ると、御山が下りてきていた。

「不動、ちょうど良かった。ちょっと英語で教えてもらいたいとこがあるんだけど」

「おお、何……」

 いた。

 春山にそっくりな女。けど姿は幼女。それが御山の背後にふわふわと浮いていて、御山にそっと耳打ちをする。

「え?」

 御山が不思議そうな顔で振り返ったあと、春山にそっくりな幼女が御山の体を思い切り突き飛ばした。

「御山ァ!」

 叫んで、落下する御山をキャッチするも、そのまま二人で落ちていって、俺がクッションになった。手すりに掴まっていたおかげでダメージが緩和したが、それでも若い男一人の下敷きになったダメージはでかい。

「おい大丈夫か!?」

「おー……なんとか」

 いてて、と起き上がると、階段の上には、もう誰もいない。

 幸い御山は怪我はしていなかった。俺も無傷だ。

「おい、さっきお前、誰かに話しかけられたりしたか?」

「え、うん……それより保健室」

「どんなだ?」

「? えっと……」

 『邪魔なの』と一言。


(手遅れってやつか)

 御山は既に狙われている。

 つまり、もう俺は御山と過ごす時間を減らして、春山の彼氏になるしかないのだ。あの『姉』の、目論見通りに。

(面白くねえ)

 春山と付き合えるのはいい。だが、そのために御山の友情を犠牲にするのはいただけない。何より、これからはあの『姉』のご機嫌伺いをし続けなければならないのだ。

「チッ」

 自然に、舌打ち。

 休みの日。浮かない気分を落ち着けさせるために、廃屋街へとやってきた。理由はよく分からないが人がいつかず、廃屋や廃アパートが連なる場所だ。通称、廃屋街。

 まだきれいな家や、緑に侵食された建造物が乱立するそこは、人の気配がない場所。ここにいると心が落ちつくから、イライラしたときはよくここを訪れるのだ。

 誰もいない公園のベンチに座って、一息つく。ざあ、と風が木々を撫でる音が響く。ぼんやりとその音を聞き続けると、ようやくささくれだった心が落ちついてきた。

「ん……?」

 ぼんやりと自然の音に耳を傾けていると、人の声、いや、歌声が聞こえてきた。


 春山の声だ。


(続く)

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