聞いてはいけない言葉
聞いてはならない言葉というものがある。
正確には、"それ"が発する言葉は全て"そう"だった。ソレは特に悪意があるわけではなく、強いて言うなら"そういう"生き物であり、言葉の化け物というべき存在だった。
ならばしゃべらなければならないのだが、困ったことにソレは言葉を発して他の生物に聞かせなければならない生き物だった。ヒトが呼吸をするように、妖精が食事を摂るように、ソレが言葉を発するのは生きる上で必須の行動だった。
しかしそれは他の生物にとっては害でしかなく、ソレの同類はしばしばやりすぎて討伐された。ソレはなるべく隠れて怪しまれないように動いていたが、コソコソ生きていくのは非常に疲れたし、夜に暗い山奥から見る街の灯りはなによりも羨ましかった。
だから、ソレは考えた。言葉を発しつつも、やりすぎて危害を加えられないような方法を。
そして一つ、考えた。
とある建物の夜の闇の中、ソレは立っていた。目の前にはベッドで眠っている老人がいる。
「………………………ぁ……………………」
寝言のような呼吸のようなその音に近しい言葉を聞いて、ソレは判断する。ソレは言葉の化け物であるゆえに、言葉を聞くことで多くのことを知ることができる。
このヒトは、加齢と病で弱りすぎている。翌日には死んでいるだろうと。
『……………■■■■■』
だから言葉を発する。聞いてはいけないことばを口にする。同室の他のヒトに聞こえないように、小さな小さな声で、聞いた者の命を奪い、自身の命の糧とするソレの同種以外は聞いてはいけない言葉を。
*****
「305号室の春山さん亡くなったんですね」
午後から出勤してきたナースは同僚に話しかける。
「そうね。朝見に行ったらね。年だし病死だし、まあ苦しんだ様子もなかったからねぇ」
「ですよねぇ」
病院では日常茶飯事のそれは、雑談と業務の一部として消化された。
「そういえば同じ部屋の斎藤さんが言ってたんだけど、夜に見たんですって、死神」
「え〜」
「夜中に目ぇ覚ましたら黒っぽい何かが春山さんのベッドの側に立ってたんだって」
「やだ〜」
ソレは、たまたまその雑談を聞いていた。ヒトは明るい場所では自分の姿を捉えることができない者が多いので、割と堂々と動くことができる。加えてここはやたら弱ってるヒトが多いので、死にそうな者を選べばバレることもない。
シニガミ。
どうやらヒトに勝手に名前をつけられたようだ。極力生き物と関わらないソレには新鮮な体験である。シニガミ、シニガミか、と言葉にせぬように胸の内で反芻した。
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