おばあちゃんの幽霊
お母さんのお母さん、つまり私のおばあちゃんは私が産まれるよりずっと前に亡くなっている。
写真嫌いで一枚も残っていないらしく、私はおばあちゃんがどんな人なのか全然知らない……とお母さんもお父さんも、そう思っている。
でも、本当は違う。
『……………………………………』
家にある空き部屋の窓際に、半透明の老婦人が座っている。いつもうつらうつらと船をこいでいたり、あるいは何か本を読んでいたり、ときには縫い物をしたりと、のんびりと暮らしている。
根拠はないが、きっとこの人がおばあちゃんなのだろう。飼い猫のクッキーといっしょに空き部屋で遊んでいると、おばあちゃんはいつもは本や縫い物に落としている目線をこちらに向けてニコニコとしながらこちらを眺めているのだ。
私は、そんな穏やかな時間が一番好きだ。
*****
昔、娘がお友達に言っていたことがある。空き部屋に、死んだおばあちゃんの幽霊がいると。
そんなわけはない。あの子の祖母は二人とも生きている。夫の母は元気に趣味の畑仕事にいそしんでいるし、私の母は……小料理屋の女将をしている。
不倫した末に家を出ていった母のことを恥じて、死んだということにしているのだ。父や夫や義父母にも、そう振る舞うようにお願いしている。
だから"死んだおばあちゃんの幽霊"なんているわけがないのだ。
「サインお願いしまーす」
「はーい」
通販で注文したクッキーの寝床が届いた。大きな箱を、半ばクッキーの部屋と化した空き部屋に置く。開封すると案の定、クッキーは新しい寝床よりもそれが入っていた段ボールのほうにすっぽりと収まってしまった。
「さて……」
設置が終わって顔をあげたところで気づく。娘は、この部屋に幽霊がいたと言っていた。
「…………………………」
私には、何も見えない。ただ猫のおもちゃと寝床が置いてある、簡素な部屋があるだけだ。
(お祓いとか呼んだほうがいいのかな……)
そんな風に思いながら、部屋を出るとポストからガサッという音がする。郵便受けには今しがた入れられたらしき封筒やハガキがいくつか入っていた。
「……………………………………………」
そのうちの一枚は、実母からのハガキ。男とよろしくやっている近況の報告に「孫もおばあちゃんに会ってみたいんじゃないか」という一文が添えられていた。
見栄っ張りだから、どうせ周りが孫と仲良くやっているのを見て自分も見せつけてやりたくなったのだろう。
ビリビリとハガキを破り捨てる。性格的に自分からは直接的な接触はしてこず、遠回しなアピールだけしてこちらから声をかけてくるのを待っているはずだ。つまり、黙殺するのが一番。
「ただいまー」
「おかえり。手を洗いなさいよ」
「はぁい」
娘が手を洗ったあと、足下にクッキーがやってきた。
「そういえば、クッキーの新しいベッド、届いたわよ」
「わあ! クッキー遊ぼ! 写真撮ろ~」
娘がクッキーを抱えて空き部屋へと入っていく。"おばあちゃんの幽霊"がいる部屋に。
「お祓い……いらないわね」
実母より、いるかどうかもわからない幽霊の祖母に懐いているほうがずっとずっとマシなのだから。
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