それはおかしいんじゃないか
付き合ってもいない子に出掛けるときは行き先を告げるように言われたという話をされた。
「おかしくないか?」
「不動だし……」
「日陰くんだし……」
「日陰だし……」
そいつと昔から付き合いがあるという連中はみな一様に口を開く。
「付き合ってもないのにそういうこと言う子もどうかと思うしそれで喜んでるあいつはなんなの?」
「三島ちゃんもね、ちょっと変わった子だからね」
「日陰は昔から頭おかしいからこの程度どうってことはないな」
いつものことよ……とテーブルの上を片付けながら友人の一人が遠い目をする。別の友人がでん、と雀卓を上に乗せて「これあとどうするの?」と尋ねてきた。
「牌が隣の袋に入ってるから出して。……でもさあ、俺聞いたんだけど」
「なに?」
「あの……三島? なに? 霊感があるとかどうとか……。大学生でそれってどうよ?」
「お前それ絶対不動に言うなよ」
「瞬時にキレるから。絶対に言わないでね。というか三島さんのこと悪く言っちゃダメだから。すぐキレるから。手が出てくるから」
「…………友達になる奴間違えたかな」
「かもしれねえ」
「俺らはもう慣れちゃったけどねぇ」
悪い言い方をするとキープくんを束縛する上に自称霊感持ちは本当にどうかと思う。昔からの友達だったら説得するが、不動は大学で最近できた友人だ。そこまでしてやるほど関係は深くない。
「まあいいや……じゃあ麻雀のルール教えっから」
「待ってましたー」
今日は大学でできた新しい友人を家に招いて、麻雀講座をするのだ。実家暮らし故に数人招いてもスペースに問題もなく、今はもう就職して地元を出た兄が置いていった雀卓たちもある。やってみたいという友人たちの声に応えて、こうして麻雀講座を開くに至った。……と言っても俺も決してうまいわけではないが。
「ロンってやつやりたい!」
「わかったから点棒を投げるな。なんの真似だ」
しとしとしと
しとしとしと
外は雨。じゃらじゃらとした牌の音は、外からの微かな音をかき消してしまいそうだ。やいのやいのやっているうちに、「そういえば」と友人の一人、御山が声をあげる。
「不動って来ないの? 誘うって言ってたけど」
「あいつ午前は歯医者だって言うから、午後から参加…….なんだけど遅いなあ。一時には来れるはずって言ってたけどもう二時だぞ」
「へー、じゃあ今のうちに鍛えてあいつのこと最下位にしてやろうぜ」
「歯医者、混んでるのかな。病院ならしょうがないよね」
みし
雑談を消しそうな、軋む音。
「なに?」
「家鳴りだよ。木造だからなんか……音がするんだよ、たまに」
「へー、これがねー」
「うちマンションだからこういうのねぇわ」
みし
また、軋む音。今度はもっと大きく。
「けっこう響……」
どんどんどん! どんどんどん!
どんどんどん! どんどんどん!
「!?」
それは、屋根の上に金槌でも叩き付けられているような攻撃的な音。
自然の落下物ではなく、動物が屋根裏を動いているものでもない、微妙にずれはあるものの規則性がある、生きたものの意思を感じる音。誰もが動きを止めて、天井を見上げる。
「えっ、ちょ、なに……」
動揺している間に、急に天井が静かになった。
「ええ……家鳴り、じゃないよね……」
「違えよ。なんなんだよ今のは……」
ピンポーン
インターフォンの、音がした。
「………………………………………………………」
全員が、声を出さずに動かずに、耳に神経を集中させる。
ピンポーン
重苦しい雰囲気に見合わない、軽い音。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピポピポピポピポピポピポ
連打。空気を切り裂く甲高い音は、警報のようにも聞こえた。
「うるせっ……!」
「静かに……」
「不動が来たってオチは」
「だったら殴るぞ」
誰も玄関に向かうことなく、またやがて静かになる。最後に玄関から、ガシャン! と何かが倒れた音がして、それっきり何の音もしなくなった。
「ったくなんなん……」
言葉を遮るように、電子音。
「あ、不動からだ」
『おー、悪い悪い。遅れちまってさあ』
御山が電話をとり、スピーカーモードにする。
「えっと……まだ来てないよね」
『おう。いやあ、本当はもっと早く行けたんだけど、三島が行くなって言うからさあ』
「へ?」
『怖いお化けが通り過ぎるから、今は行かない方がいいって』
「……………っ!」
『連絡とったらこっちにも"くる"から、連絡もするなって言われてさあ、無断で遅れてすまんなー。通り過ぎたから行ってもいいって言われたし、じゃあこれから行くわ~』
「………………………………………………」
電話は終わり、部屋に静寂が戻った。
のちに玄関を確認すると、外に置いてある傘立てが鉢植えに向かって投げ捨てられており、屋根の上には、固いもので殴り付けられたかのような痕が残り、一部が壊れていた。
親は悪質だと警察に相談していたが……多分解決することはないだろう。
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