そして私の世界は終わりました
世界は終わった。第三次世界大戦とやらのせいで。
私はそれを知らない。私が赤ちゃんの頃に起こったことらしい。テロが横行するようになり、自国を守るためにと世界中が争いあい、そして何もかもがなくなった、らしい。
わずかに残っているのは、私と、お母さんと、お母さんが戦争を予期して買っていた地下シェルター、つまり私のお家のことだ。
お部屋の中には当然外の光なんて入らなくて、電灯が私にとっての太陽だ。
「おはよう、ユリナ」
「おはよう、お母さん」
この家に住んでいるのは私とお母さんだけだ。お父さんは戦争で死んだらしい。お母さんはいつも通り、保存食と、地下農園で育てたという野菜で朝食を作ってくれた。
「今日も美味しいよ、お母さん」
「ありがとう」
お母さんはにっこりと笑う。朝食を食べ終えたあとは、片付けの時間だ。お母さんが皿を下げてキッチンに持っていく。
私は、何も出来ない。足が動かないから。
上半身はなんとか動くけど、下半身は全然。だから私はいつもずっとベッドにいる。産まれつきこうだったようだ。本当は、絵本みたいにお母さんのお手伝いをしたいけど、歩くことすらできないからしょうがない。
『肉、肉、お肉』
「え?」
昨日読んだ本の続きを読もうとして、部屋の片隅から甲高い妙な声が聞こえた。
『壊れたお肉、使えないお肉』
「な、なに……!?」
急にベッドのサイドボードに現れたのは、てるてる坊主に手足を足したような外見の、ブリキのおもちゃだった。
『コンニチハ、ワタシ、お肉の修理屋さん』
「こ、こんにちは……」
すごい。お母さん以外とおしゃべりしたのは初めてだ。これが、絵本に載っていた妖精さんというやつなのかな。
『ワタシ、お肉を直せるの。アナタのお肉、直してイイ?』
「お、お肉……? 足のこと?」
『ソウソウ』
「え、えと……」
『ワタシ、有能。上手い。示すヨ』
ブリキのおもちゃはぴょんとサイドボードから飛び降りてすぐ戻ってきたかと思うと、自分の体より大きいネズミの死体を持ってきた。
『ココに取り出しますは、あらかじめ用意していたネズミの死骸』
「きゃあ!」
『これをこう、ちょちょいとネ』
しばらく死骸をいじっていたかと思うと、ネズミが突然息を吹き返し、バタバタと走って僅かに開いた扉から出ていった。
『ネ?』
「す、すごい! 私の足も治せるの!?」
『直せるヨ。あなたほどおっきいの初めて。練習させて欲しいナ。お代はサービスするヨ』
「いいよ! ねえ、あなたはいつもお肉を修理してるの?」
『ソウダヨ。旅をしながら直してるヨ』
「旅!? じゃあ外に出てるのね、危険じゃない?」
たしか放射能とかいうもののせいで、外に出ただけで死んでしまうのだ。このブリキのおもちゃは、人でないから大丈夫なのだろうか。
『スリリングで楽しいヨ』
「すごい! ねえ、その旅のお話、聞かせて欲しいな!」
前にお母さんから聞いたことがある。放射能がいつか消えたら、また外に出ることができると。
旅は無理かもしれないけど、お母さんとお散歩ができたらいいな、と私は思った。
*****
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
大きな窓から朝の日差しが入る中、私とお母さんとお父さんの、いつもの朝食。ご飯と、味噌汁と、ウインナーと目玉焼き。飼い猫のアンコも、リビングの隅で餌を食べている。
「千花、お醤油とってくれ」
「うん」
お父さんに言われて、私はお醤油を渡した。
『朝のニュースをお伝えします』
テレビでは、キャスターが今朝のニュースを読み上げている。
『井川容疑者は当時赤ん坊だった佐藤ユリナちゃんを誘拐し、『“自分は産みの親である“』『“世界は既に滅んでいる“』と嘘を吹き込み育てることで十五年にわたり監禁しており────』
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