スナッフフィルム

 人が殺されている映像が大好きだ。


 昔から、スプラッター映画は大好きだしホラーゲームも大好物だ。血と肉と悲鳴はいい。とても良いエンターテイメントだと思う。家族は悪趣味と言ってくるが知ったことか。

「いいもん手に入ったぞ。日曜来いよ」

 そう知らせてきたのは悪趣味仲間の友人の景さんだった。友人と言っても十歳以上年上で、インターネットで知り合ってから一年の仲。たまたま近所に住んでいて、それ以来家に呼ばれることもしばしばだ。景さんの家はまさしくグロと悪趣味とアンダーグラウンドの宝の山で、古い物から新しいものまで、そして発禁になったものまでたくさんある。

「よっす」

「おお、入れ」

 日曜日。アパートの一室にお菓子を持って訪れた。趣味で鍛えている俺とは正反対の、いかにも内気なオタクくんといった風貌の景さんが家へと招きいれてくれた。

「今日はどんなん」

「いつものスナッフフィルムの新作」

「ヒュー」

 スナッフフィルム。一言で言えば殺人の記録映像。人間が拷問や陵辱の末に殺されていく映像だ。もっとも、大半、いやほぼ全部がニセモノだ。俺は見てて面白ければ作り物でもOK派だが、景さんは“本物“にこだわるようで、景さんが持っているものは、本当に本物かはわからないがどれも警察に通報したくなるほど真に迫った映像ばかりだ。

 いつものやつもその手の作品で、日本で撮影されたもののようだ。被害者の日常シーンの盗撮から始まり、数分間それが流されたあとに場面転換で監禁シーンに。そしてそこからが本番の拷問と殺人、そして死体処理のシーンだ。

「景さんいっつもここ飛ばさねえよな」

「何言ってんだお前。ここが一番大事なシーンだろうが」

 俺にとっては退屈な、被害者の日常盗撮の場面。今回は女が飲み会で友達と喋ってるシーンだ。正直飛ばしたいけど、持ち主の景さんはそれを許さない。多分AVで女優のインタビューとか真面目に見ちゃうタイプなんだと思う。

「これから死ぬなんてこれっぽっちも思ってないときのやつらを見たあとに、追い詰められて殺されてくのを見るのがいいんだろうが。最初から監禁されてて怯えてるのを殺すのは情緒が足りねえんだよ情緒が」

 なるほど。そういうものなんだろうか。


 毎度お決まりの拷問シーン。お決まりと言っても、拷問の内容は多彩だ。よくこれだけ毎回違う拷問を考えつくなと感心する。道具もペンだの包丁だのコンパスだの熱湯だの、身近にあるもので揃えているからなおさら現実味があっていい。そして殺人シーンと、おまけの死体処理シーンだ。最後の最後に殺された女の肉片がアップで映り、それが覆面で顔を隠した犯人の足で踏み潰される。この、さっきまで生命が宿っていたものが、ただの“物“になっている感じ、本当に本当に、興奮でぞくぞくする。射精しそうだ。これがスナッフフィルムの醍醐味だろう。

「どうだった?」

「いやー。今回も最高!」

 あれやこれや語ったあとに、景さんが立ち上がった。

「ちょっといいもんあるからそれも見せてやるよ」

「何」

「いつものやつの、新作その二」

「マッジッでっ」

「大人しく座ってたら見せてやるよ」

「はぁい」

 二つも面白いスナッフを見れるなんて。本当に今日はいい日だ。手を菓子袋に突っ込むと、中身が空になっていたことに気付く。たしか持ってきた菓子袋が多くて、一部を景さんがどこかに避けていたはずだ。

「なあ景さん───」

 振り返ると、そこにはもちろん景さんの姿。

 ただし、その手には、鉈とカメラを。


*******


「それで、なんで不動くんは生きてるの」

「もうちょっと俺の生還を喜んでくれねえかなぁ」

 愛しの三島は今日も冷たい。そこも好きなんだが。

 景さんが持ってたスナッフフィルムの撮影者、つまり犯人は景さん本人だった。もちろん全て本物の殺人シーンを記録したものだ。被害者も最初は幼い子供、次は少女や少年、次は老人が続き、最近は大人の女がメインで、やっているうちに徐々に自信がついて獲物が大きいものになっているのがよく分かる。そしてとうとう成長期の男という手強い相手で遊ぶことにしたらしい。ターゲットは同じくアングラ趣味で自分に警戒心なく近づいてくるクソガキ、つまり俺だ。

 結果肩に鉈の一撃を食らうわ逃げようとしていつの間にか廊下に仕掛けられてたトラバサミの餌食になるわ散々だった。学校に復帰した今も体が包帯とガーゼまみれだ。

 だが俺の筋肉と根性を甘く見たのが運の尽き。

「わざと一撃貰って近づいてきた隙に掴んでボコボコにした俺の勇気、かっこいいと思わねえ?」

「ふうん」

「逃げないように景さんの足の腱切った俺は本当にえらくて賢いよ、うん」

「楽しそうだね。被害者なのに」

 そう。俺は被害者。クソみたいな趣味とはいえ、同じ趣味の友達に裏切られて殺されかけた哀れな男。

 でも今でも景さんのことは完全に嫌いにはなれない。こんな終わり方とはいえ、やっぱり景さんとの楽しい思い出は多い。今は入手困難な作品をたくさん見せてくれたこと、クスリや賭博みたいな俺がよく知らない知識を教えてくれたこと。たくさんの“本物“のスナッフフィルムを見せてくれたこと。

 そして何より、俺が鉈を奪って振り上げたときの、あのときの景さんの顔は、

「自分が殺されるなんてこれっぽっちも思ってないやつを追い詰めてくあの楽しみ────ああ、たしかに景さんが言った通りに最っ高だったよ」 

「それで殺したんだね」

「殺してません~~~~~~! たしかに脳天に鉈は叩き込んだけど! ちゃんと峰のほうだから! っていうか三島もニュースで知ってんだろ! 先日回復し無事逮捕されました!」

「そうだっけ」

「そうだよ!」

 チャイムが鳴る。三島はしずしずと図書室から教室へ戻っていった。いつもなら隣でいっしょについて行くが、今は足を痛めて松葉杖だから無理な話だ。まあこの体だし遅れても誰も怒らないだろうとタカをくくって、ゆっくりと移動する。

「あ」

 懐の守り刀が落ちた。慌てて拾う。景さんが誕生日プレゼントにくれた、空港のチェックもすり抜けられる特殊プラスチック製の守り刀だ。組み立て式で、組み立てる前はただのでかいおもちゃのキーホルダーにしか見えないという犯罪仕様。

「景さん……」 

 思い出す。やはり景さんとの日々は楽しかった。殺されかけたが、それに関しての恨みは、ボコボコにして通報して社会的な立場を全て失わせたので解消した。だから、今は会えなくて寂しい気持ちが強い。

「脱獄とかしてくんねえかな……」

 そしたら、この景さんのプレゼントと、今まで景さんが俺に見せてくれた技術と知識で、景さんが主役の最高のスナッフフィルムが撮れるのに。ずるいずるいずるい。あんなに楽しそうなこと、俺だってやってみたい。

「ダメだよ」

 頭を叩かれた。三島だった。さっきの物騒な一人言、聞こえていたんだろうか。

「先行ったじゃねえの」

「携帯忘れてたの」

 たしかに三島の手には携帯が握られている。そういえば、たしかに図書室の机に置きっぱなしにしてた気がする。

「そんなお願いごとは、ダメだと思うよ」

「……ダメかな」

「ダメだよ」

 三島はいつも通りの無感動さで淡々と話すだけだ。そこもまた愛しい。かわいい。

「そんなの、すぐに捕まるだけだと思うよ」

 ……景さんが脱獄してきて最高のスナッフフィルムができあがっても、警察にバレたら三島と会えなくなるのか。

「そうだなぁ、やっぱダメだよな」

「そうだよ」

 また三島はしずしずと教室へ戻っていく、と思ったら俺に歩くスピードを合わせてくれた。

「何、三島、ようやく俺にデレ」

「もう授業間に合わないし不動くんの面倒見てましたってことにするの」

「悪っ」

 思えば景さんの部屋は穴蔵のようだった。あれはあれで心地よいが、それは今みたいな穏やかな日々があってこそ、より気持ちよいものなのだと思う。

 好きな子といっしょに歩ける静かな幸せ。それはスナッフフィルムを作ったら壊れてしまうかもしれないもの。

(まあ、あっちはいつでもできるしな)

 今はこちらの穏やかな日々のほうを、享受することにしようかなと思った。

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