目玉
「はーい、ちょっと待ってくださーい!」
チャイムを押して宅配便です、と声を上げたら中からはこう返ってきた。良かった。再配達の憂き目には遭わないようだ。ドタドタとした音がしたあと、ややあってドアが開く。
「すいませんでしたー」
「いっ……」
姿を見て、絶句。
風呂上がりだったのだろう。髪は濡れていたし、着ている服はその辺にあった服を着たのか色合いが合わないしシワが寄っている。れはいい。別にいい。よくあることだ。
問題は、扉を開けた女性の目が、一つしかなかったこと。
片目を隠している隻眼ではない。本当に、一つ目小僧のように真ん中に大きな目玉が一つあった。
「…………」
「あ」
硬直していると、女性はいったん扉を閉めて、少し経ってからまた開けた。
「すいませんハンコ忘れてました」
「あ……」
再度開いた扉の先にいたのは、普通の、目玉が二つある女の人。
「こ、こちらに……」
「はい」
伝票を差し出す。ハンコを押す姿は、どこからどう見ても普通の女の人だ。
「ありがとうございます」
荷物を受け取ってもらい、礼のあとにドアが閉まる。
「……疲れてるのかな……」
夜風が吹く寒いアパートの廊下で、ぽつんと一人、そう呟いた。
「んー」
翌日、健康ランド。きっと心身ともに疲れてるのだろうと、リフレッシュするためにやってきた。
「あー……部屋でだらだらするよりいいなこれ」
温泉も岩盤浴も心地よく、畳の休憩室でだらだらと備え付けの漫画を読むのもとてもいい。周囲の喧騒もなんだか気にならず、むしろそれがいいとも思える。家にいるよりずっと回復した気になってきた。
「何食おうか……」
食事処にやってきて、メニューを眺める。すると、視界の端に何かがうつった。
「やばかったんだよ昨日ー」
(あ……)
昨日の女の人だ。友達らしき人といっしょにいる。
「何があったの」
「宅配便がきたから急いで『一つのまま』でドア開けちゃってさー」
「ちょっと、まずいって」
「宅配便のお兄さんびっくりしててようやく気付いてねー。ドア閉めて『二つ』にしてからまたドア開けたからなんとかなったけどさ」
「もー気をつけなよ」
そんな会話をしながら、近くを通り過ぎていく。自分のことには気がついてないようだ。
「一つのまま……二つ……」
昨日のことを思い出す。もしやあれは疲れからくる幻覚などではなく……。
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