運命の人

『運命の人に会いたいかい?』


 私が小学二年生のときの話だったと思う。"霊感"のせいでいつものように集団から外れた私は、近所に済んでいる年老いた妖精さんと仲良くなっていた。

「運命の人?」

『運命の人、もっと言うと運命を変える人さ。いずれ人生の分岐点となる存在。運命の王子様、あるいは悪魔……』

「……?」

『まあ、良くも悪くもお嬢さんにとっては大事な人さ。どうだい? 占ってあげるよ』

「へー……」

『やめとけやめとけ! こいつの占いは正確なんだ!』 近くで木の実を収穫していた妖精さんが、作業を中断して割り込んできた。

『いいことも、悪いことも当たっちまう! "覚悟"したやつしかこいつに占われちゃいけないのさ! オレはそう考えている!』

『ヒッヒ、アタシの能力を買ってくれてるようで嬉しいよ~』

 でもねえ、と老婆は杖をひとふりする。

『あたしゃ嬉しいんだよ。このお嬢さんがこうやって木の実をたくさん生えていて、他の部族も手をつけていない場所を教えてくれたから、今年は餓えずに済んだもよ』

「そう、良かった」

『お礼にアタシの得意な占いでなにかしてやりたいのさ。気になるなら、どうだい?』


 さあ、お家からスタートだ。

 玄関から右に曲がろう。近くの大きな大きな楠の下を抜けよう。

 腰かけられるほどの大きな岩が一つ。そこで一分休みましょう。

 空が赤くなったかな? さあ、町にでてみよう。人もいない。猫もいない。犬もいないしネズミもいない。妖精だって、お化けだっていやしない。町はすっかり空っぽだ。

 そのちょうし、そのちょうし。星空のようなビルに入ろう。ここは空き地だったはず? そんな細かいこと気にしない。

 古めかしいエレベーター。3を押そう。5を押そう。11を押そう。そして"み"を4回押そう。最後に"緻"を9回押そう。

 赤い赤い廊下の奥に、ああきっと、運命に関わるやつがいるのさ。


 廊下は赤い。壁は星空、天井は暗闇、廊下は豪華なカーペット。そんな廊下の奥にある扉の向こうに、私の運命に関わる人がいるらしい。

 ちょっと見るだけ。だってその運命が良いものか悪いものか、わからないのだから。

 重い木の扉を開けると、中はなんだかごちゃごちゃした部屋。そこら中に部品やなにかわからない道具が転がっている。そんな部屋というより作業場めいたそこには、誰もいない。

『やあ、お嬢さん! 不法侵入かな?』

 背後から、気配もせずに声が降りてきた。振り替えるとそこには黒スーツの大人が立っている。もっとも頭は、心臓のぬいぐるみになっているけど。

 正体はわからないが、お化けだ。

「あなたが私の運命を変える人?」

『そんなロマンチックな触れ込みでここに来たのかな? でもドキドキさんはお客さんは受け付けてないんだよね!!! ここはドキドキさんの秘密工房!!!!!! たくさんの素敵なアイテムが産声をあげる場所!!! ゆえにドキドキさんしか入っちゃダメ! お帰りください!!!!!』

「ふぅん……」

 なんだかやかましいお化けだ。拒否されているようだから、帰ることにしよう。

「さようなら、運命さん。多分またいつか会うことになるよ」

『そのときはドキドキさんの商品をご贔屓にね~!』

 手を振って別れる。あとは来た順を逆に回れば元通り。


『どうだったい?』

「なんか、うるさいお化けだった」

『お化けかい。ヒッヒ、じゃあ殺されないように気を付けなきゃねえ……』

 あのお化けに殺されちゃうのかな、私。そう考えながら、いつも通りの澄んだ青空を仰いだ。

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