それもまた空想の欠片
巨大醤油差しは色を増し、今日も空を飛んでいる。中に木と家と醤油スライムを入れて、ぷかぷかと。ぷかぷかと。
「…………」
「何見てんの」
「醤油差し、いるなあって……。色も濃くなったし、定着したかも……」
「そりゃ愉快でいいや」
ケラケラと笑う。まあ、空飛ぶ醤油差しかんて笑い事で済むレベルのことだ。
コレに関しては、だが。
*****
死にたい。
無言でキーボードを打ちながら、自然とそう思っていた。
仕事で失敗した。誤解から理不尽な叱責を受けた。片思いしている人が既に結婚していることを知った。友達の一人に陰口を言われていることを知った。お気に入りの服に穴が空いた。他にもいくつも、いくつも。
一つ一つは美味しいものを食べて飲んでゆっくり風呂に入って寝ればメンタルは回復するレベルのことだ。だが重なった。重なってしまった。
「………………」
心療内科に行かなきゃいけないのはわかるが、足が重い。縁のない心療内科そのものに、抵抗がある。
「…………………」
本意ではない。もちろん本当にそんなことになったら今度こそ本当に精神を病んでしまう。
けど、病んだ心は“それ“を生み出す。
(みんな死んじゃえばいいのに……)
自分も、含めて。全てを。
ガタン!と音がした。ついそちらを見る。窓際の席の先輩が分厚いファイルを落としたのだ。すぐにみんなの視線は元に戻るが、私だけは釘付けになっていた。
先輩ではなく、大きな窓に。
窓には、フロア内の社員が映っており、先輩にも、後輩にも、上司にも、同僚にも、全て、自分も含めて全ての人間の首に、びっしりと首吊りの縄がかかっていた。
無論、現実にはそんなものはない。
「ひっ……」
思わず立ち上がる。今度は自分が注目を浴びた。
「あの、課長……」
「どうした?」
「た、体調が悪いので、早退します。有休使います……」
「? わかった」
心療内科。いや精神科か? どっちがどう違うのか分からない。今の自分がどちらに適しているか分からないが。ともかく行かなくては。行かなくては────。
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