秋の神様は死んだ

 冬というのは秋の神様の葬式でもある。


 季節の始まりに生まれて季節の終わりに死ぬ季節の神様は、みんなから崇められている。

 春の神様は死ぬ前に望む。鮮やかな緑の季節を。眩くような輝きを。だから夏の神様は滾るような熱をもって春に生まれたいのちを育て、その望みを叶える。

 夏の神様は死ぬ前に望む。植物が枯れる前の燃えるような一瞬の紅い輝きを。みんなの熱を冷ます涼やかな風を。だから秋の神様は紅葉と冷たい吐息でそれを叶える。

 秋の神様は死ぬ前に望む。全てのいのちを隠すような静寂を。自分だけではなく、全てのいのちの終わりの季節が来ることに生き抜いたいのちたちを想い涙することを。だから冬の神様は涙を凍らせて雪にすることによってそれを叶える。

 冬の神様は死ぬ前に望む。全てのいのちが芽吹くことを。冬の静寂に耐え、花開く輝くいのちに安らぎを与えることを。だから春の神様は温かい息吹で植物の目を覚ましてそれを叶える。

 次の季節というのは前の季節の神様の喪に服し、彼ら(彼女ら)の死ぬ前の望みを叶えるためのものだ。


「今年の秋の神様は長生きだったみたい」

「毎年長生きしてくれ」

 秋と春は長めで頼む、と凍えてる不動くんは語る。珍しくスッ転んでコートがびしゃびしゃになったからだ。こんなの着てたら死ぬぜ!と今は制服とマフラーだけだ。

「寒くて死ぬぅ……看取って……」

「コンビニ寄ってコーヒー買いなよ」

「そうする……この季節に風邪とかしゃれにならぬえ……受験生だぞ……」

 寒いせいなのか語尾までおかしくなっている不動くんの入店を見送って、コンビニの外で待つ。寒さは嫌だが、冬の静寂は好きだ。

「…………………………………」

 手が、あった。

 いつのまにか駐車場にある、私が乗れそうなくらい大きな手のひら。

『あ な た も』

 どこからか声がする。それはおそらく、高い高い天の上から。

『祈 り ま し ょ う』

「…………」

『彼 女 が 望 ん だ 静 寂 を』

「……私はここで祈りますよ」

 ふっ、と一瞬で手が消える。"みんな"の落涙を望むから、泣く人は多ければ多いほうがいい。だから季節の神様の配下は、冬はこうやって"勧誘"することがある。

「おまたせー」

「おかえり」

「なんかあった?」

「何もなかったよ」

 冬にはよくあることであり、たいしたことではないのだ。

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