第155話 光の巫女

 ノーラ先輩のせいで、少し寝不足気味だ。

 宮殿に案内したまでは良かったけど、なかなか眠ってくれなかった。スリープで強引に眠ってもらった。

 強者に対して効果は薄かったようだが、相手が受け入れたことで眠ってくれた。


 元々眠りが浅い様子で、眠ってしまえば、可愛い寝顔をしていたのは意外だった。

 今までどんな環境で生きてきたのか、少しだけ興味はあるが、この人の未来は……


 ノーラ先輩を寝かせた部屋を出て、ボクはいつものモーニングルーティンを始める。

 これだけは欠かすことができない。

 5歳から始めている洗顔と朝の運動は、僕の心を落ちつかせてくれる。


 全てのルーティンを終えて、汗を拭き取ったところで気配を感じた。


「リューク様、おはようございます」


 モーニングルーティンを終えたタイミングで、声をかけてきたのは白衣を纏ったミリルだった。

 白衣を着ているからか、ブラウスに茶色いパンツ姿のミリルは、いつもよりも大人っぽい雰囲気をしている。


「久しぶりだね」

「はい。カリン様のおかげで医療の勉強ができています。これもリューク様のおかげです。ありがとうございます」

「それはよかったね」


 カリンがボクのために作ってくれた街だけど、ミリルの役にもたってよかった。


「ご紹介頂いたこの地には医療所があり、たくさんの経験が積めています。それに初めて本物のお医者様にお会いすることができました」


 迷宮都市ゴルゴンで出会った医者がいた。

 ボクが再生魔法で治す前は、片腕を失っていた女性だ。

 研究熱心だった彼女は、腕とともに情熱を取り戻して、精力的に働いてくれているようだ。


「本日は、私もルビーちゃんと一緒に街の案内をしたかったのですが、診察が始まると動けないのです。申し訳ありません」


 ミリルはやりたい事を見つけて頑張っているんだな。


「この時間ならリューク様にご挨拶ができると思いましたのでお邪魔してしまいました。すみません」


 それでこんなにも早い時間に会いにきてくれたのか、嬉しいね。


「嬉しいよ。一緒にお茶でもどう?」

「はい!喜んで」


 カリビアン領で取れる、カカオとコーヒー豆は高級品として知られてる。

 カカオから作られるチョコは、カリビアン領の特産品として利益を上げている物の一つだ。


「ココアを入れてみたんだ」


 シーで入手したチョコでココアを作った。

 少し甘めに作ったのは、ミリルの顔が疲れているように見えたからだ。

 ボクは挽きたてのコーヒーの粉末をポーチに入れているので、魔導コーヒーメイカーでコーヒーを入れる。

 入れたてのコーヒーは香りがよくてやっぱりいいね。


「甘くて美味しいです」


 嬉しそうな顔をしたミリルの笑顔は美人だね。

 少し大人っぽく成長して、美少女から美女へと変わっていく境目といったところだろうか?

 ミリルとこうして二人きりで話をするのは久しぶりなので、つい観察してしまう。


「それはよかった。ミリルは、少し頑張りすぎているんじゃないかい?」

「え?」

「疲れているように見えたから」

「私のことも見てくだっているんですね。ありがとうございます……でも私は、他の女性たちとは違うのだと思ったから頑張らないといけないんです」


 元々薄幸の美少女という印象だったミリルは、食事を摂り、好きな勉強を頑張って生き生きとするようになった。


「他の女性とは違う?」


 ミリルはココアが入ったカップを握りしめて、決意を込めた瞳でボクを見た。


「いつか私が、自信と力を手に入れたら、私をリューク様の妾の一人に加えて頂けますか?」


 ミリルという女性は、それほど自己主張の強い方ではない。意見を言う時は遠慮しながら、自分のことも言えずに引き下がってしまうような人だった。


 だからこそ、告白してきたのは意外だった。


 好意を抱いてくれているのは知っていた。

 幼い頃にボクが弟を助けた恩人だとカリンに聞いていた。憧れと言うものもあったのだろう。

 好意を抱いてくれていた。


 ただ、今までのミリルは、ボクへ何かを求めるようなことはなかった。

 ボクを支える役目を頑張っていた印象だ。


「ミリルが望むならボクが拒否することはないよ」

「ありがとうございます!!!」


 立ち上がったミリルは深々と頭を下げた。


「ただ、君の変化を聞かせてくてれないか?どうしてそう思ったの?」

「変化ですか?そうですね。負けたくないなって思ったんです」

「負けたくない?」

「はい。アカリは凄かったです。誰よりも真っ直ぐにリューク様に好きと伝えて妾の座に座りました。その明るさでカリン様とも仲良くなって、どんどんリューク様の役に立って」


 ミリルは、アカリの誘拐を知っている。

 今ではリベラも入れて、仲良し四人組にまで発展した様子だ。


「カリン様、シロップ様、リンシャン様、三人は心からリューク様に愛されていると見ていてわかります」


 リンシャンの名も出て、本当にミリルはボクを見ている。


「エリーナ様やリベラ様はまだわかりませんが、それぞれの得意な分野でリューク様の役に立って動いている。リューク様は彼女たちを尊重し受け入れている。それが凄く見ていて、羨ましい反面、負けたくないと思いました」


 それは女の戦いと言うのかもしれない。


 他者に感化され影響を受ける者もいる。


「私の心は子供でした。ただ、側にいれたら嬉しい。そう思いながら、大人になっていく私の心は欲深く。リューク様への想いを募らせてしまいました。ただ、リューク様に一つお聞きしてもいいですか?」


 決意を込めた瞳は収まり、潤んだ瞳でミリルはボクを見る。


「なんだい?」

「私はリューク様から愛されますか?」


 ミリルは確約が欲しいのかもしれない。


 大人になろうとする美少女は、その殻を破るために蝶の羽を生やす準備をする。


「おいで」


 ボクはミリルを抱きしめ、空へと舞い上がる。


 朝焼けで海は照らされ、眩しく二人の姿を光で隠してしまう。


「君は光だ」

「光?属性魔法ですか?」

「いいや、人々からすれば君は希望の光なんだ。君の医療の知識が、回復魔法のレベルの高さが、人々を救おうとする心全てが光になる。それは聖女とは違う。光の巫女として人々から求められるようになる」


 ゲーム世界で、ミリルは戦闘にほとんど参加しない。

 拠点に戻ると傷ついた仲間たちを、ミリルが出迎えてくれる。その大きな心で、心身ともに癒しを与えてくれる。


 彼女は仲間の帰りを持ち、誰よりも仲間を守り、仲間を救う光の巫女と呼ばれるようになる。


 教会が作り出した聖女とは違う存在だ。


「ねぇ、ミリル」

「はい。リューク様」


 真っ直ぐにボクを見つめる大きな瞳を引き寄せて唇を重ねた。

 柔らかな唇の後に、特有の薬品の匂いが混じっていた。


「ふふ、証明にはなったかい?」

「いいえ。もっとして頂きたいです」


 告白したことで覚悟を決めたミリルは、少しだけ強引なキスを求めてきた。







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