第194話 ハヤセの相談

 黒の塔の応接用のテラスには、ボクとハヤセが対面で座っていた。クウが給仕をしてくれてお茶とお菓子が並べられている。

 ハヤセは平民で、学年が違うのもあり対抗戦中の黒の塔でも警戒はされていない。何よりもボクの客人を無碍に扱うバカはいない。


「美味しいっす」

「いつもクウとバルニャンと仲良くしてくれてありがとう」

「クラスメイトっす。大事にするのは当たり前っす」

「そうか。それで今日はどうしたんだ?」

「リューク様のお時間を頂いて申し訳ありませんっす。ですが、ご報告と相談があるっす」


 ハヤセにはダンのことで約束を交わしている。

 そのためいつでも時間を取ることを伝えてある。


「ふむ。報告と相談ね。まずは、報告から聞こうか」

「はいっす。転校生三人についてっす」

「なるほど。それは有益な情報だね」

「ありがとうございますっす。それでは一人ずつ話していくっす。まずは、皇国のメイ・キヨイ皇女様はある意味で、いい人っす」

「いい人?」


 意外な言葉にボクは問い返してしまう。


「はいっす。王国の平民や獣人にも差別がないっす。だから、誰にでも気さくに話しかけて自分の国の話をしてくれるっす。それにダン先輩のことを気にかけているようですが、色恋ではなく使える相手がどうかを見定めているって感じっす。なので、人として害はない感じがするので、いい人っす」

「うむ。なるほどね。実害がなければいい人か。いい情報だ。ありがとう」

「どうもっす。ただ、警戒心がなくて、野心に満ちた心を持っていたっす。その野心が変な方に行かなければ大丈夫だと思うっす」


 ハヤセは属性魔法を使って相手の心や記憶を読むことができる。相手の好感度に寄るらしいので、心が読めたということは警戒心は無かったようだ。


「次は帝国から来た転校生さんっす。名前はジュリさん。一応帝国に滅ぼされた国が出身ということで北の方みたいっす。ただ、完全に素性は分からなくて、気品と軍人さんのような規律を重んじている感じがするっす」


 飲み仲間のジュリさんは、確かにそんな雰囲気だ。


「ただ、警戒心が物凄く強くて、心は一切読めなかったっす」


 ボクといても警戒心を解くことはなかったから、どうやら同じ様子なんだろう。


「最後になりますが、教国の聖女ティア。奴は敵っす!」

「聖女が敵なのかい?」

「そうっす! 奴は、ブラウスを着ていてもわかるほどの巨乳をこれでもかと強調して、ダン先輩の前でブリブリにぶりっ子をするっす。こっちがみていて呆れるぐらいのブリッ子っす。本当に腹が立つっす」


 ふむ。どうやら聖女はダンをロックオンして、落としにかかっているということかな?


「それは、ボクに聖女を排除してほしいということかな?」

「違うっす」

「うん? 違うのか? ハヤセとの契約で、ダンには近づかせないと言っていたから、ボクはハヤセの願いを叶えるつもりだよ」

「それはわかっているっす。だけど、今回はそれではダメっす」

「ダメ?」


 ボクはハヤセが考えていることがわからなくて、首を傾げる。


「そうっす! あれはダン先輩も悪いっす。あんな顔が良くて、胸が大きくて、優しそうな女の色気に惑わされて、ホイホイついていくのが悪いっす!」


 顔が良くて、胸が大きくて、性格が良くて、色気もあるって、それは男性ならついて行きたくなるんじゃないだろうか?


「それじゃ、相談っていうのはなんなんだ?」

「はいっす。リューク様には、出来るだけ本気でダン先輩を打ち負かしてほしいっす」

「打ち負かす?」

「そうっす。三年生たちが大規模チーム戦をしているのはわかっているっす。そこで、ダン先輩のチームを全力で叩き潰してほしいっす」

「それがハヤセにはメリットになるのかい?」

「なるっす。ダン先輩がコテンパンにされて、実力が思っていたほどではないと分かれば、あの巨乳女も諦めるはずっす」


 ボクはどうにも面倒そうなことになりそうだと深々と息を吐く。


「ボクはあまり面倒なことは嫌いなんだけどね」

「もちろん、わかっているっす。なので、私も全力で情報を流すっす。それにリューク様の周りにはリューク様が動かなくても動いてくれる人が大勢いるっす」

「なるほどね。ボク自身が動くのではなく。ボクのために動いてくれる人の力でもいいというわけだね」


 ハヤセは我が意を得たりと、満面の笑みを作る。

 つまりは、タシテくんの情報力であり、リベラの統率能力をハヤセは信頼して、ボクに頼めば二人がダンを倒すために動いてくれるということを読んで、ここに来たというわけだ。


 女性とは強かなものだね。


「相談内容は了承した」

「嬉しいっす!ありがとうございましたっす!」


 ハヤセは喜び勇んで、テラスを後にした。

 ボクは深々と息を吐いて、クウにお茶を入れ直してもらう。


「こちら、よろしいでしょうか?」


 そう言って声をかけてきたのは、白いブラウスのボタンを弾き飛ばしそうなほど大きな胸を揺す、優しそうな雰囲気をした美しい女性だった。


「ここは貴族派が住んでいる寮のテラス席です。ただ、この学園にいる者であれば誰でも使える場所でもあります。どうぞご自由に」

「ありがとうございます。そして、少しお話しよろしいですか? リューク・ヒュガロ・デスクストス様」

「私でよろしければお相手いたしますよ。聖女ティア様」

「ふふ、私は一生徒にすぎません。普通にティアで結構ですよ」


 普通と言いながら、テラス席に護衛を一人。

 部屋の外に護衛をもう一人連れて歩く人はそうそういないと思う。


「それではどうぞ。ティア様」

「ええ。失礼します。自己紹介は必要なさそうなので、本題に入りたいと思います」

「はい。なんでしょうか?」

「絆の聖騎士ダン様を追い詰めてほしいのです。そのお手伝いをして頂けませんか?」


 それはハヤセの要望に近い内容だった。だが、意外なのは聖人君子のような優しく柔らかな雰囲気を持つ聖女様にしては些か違和感を感じる内容にボクは疑問を感じる。


「それはどういう意味ででしょうか?」

「もちろん。心技体知。全てにおいてです」

「ほう。なぜそれをボクに?」

「一つは、聖女アイリス様から、リューク様が大変優秀だと聞きましたので」


 アイリス姉さんか、教会で繋がっているというわけか。


「もう一つ。平民や生徒たちの間で、ダン様に対抗でできる人は誰かと聞いた時、真っ先に上がるのはリューク様でしたので」


 学園の外にはタシテ君が情報操作を頑張ってくれているけど。学園内はどうしても自分の目で見た物を語る。

 どうしても誤魔化しきれない部分はあるのだろう。ましてや、貴族たちは情報の大切さを知っているので、迂闊なことは口にしないが、平民の子達は憧れや興奮を素直に語ってしまう節があるから仕方ないのかもしれない。


「そう。別にいいですよ。但し、条件が」

「条件? 私に出来ることでしょうか?」


 後ろに控える護衛がボクへ敵意を向ける。警戒されるようなことを言うつもりはない。


「今後、ダンを好きにならないと誓って頂きたい」

「はっ?」


 ボクの申し出が意外だったのか、聖女だけでなく後ろの護衛も驚いた顔をして口を開けている。二人の美女が間抜けな顔をするのは面白いね。


「ふっふふふふ。リューク様は面白いのですね。恋愛という面では、大丈夫だと思います。確かに夢物語の世界であれば、聖女は勇者に恋をするような話もありますが、現状のダン様は私の好みではありませんので」


 側にいて、距離を縮めていくこともあると思う。だけど、ハヤセとの誓いのために少しでも穏便にことが終わるのであれば釘を刺しておくのも悪くない。


「そう。ならいいかな」

「リューク様は、冗談も言われるのですね。今のは面白かったです。また、にお茶ができる日を楽しみにしています。それでは」


 要件を告げたティアは席を立って去っていく。その姿は優雅で、気品に溢れているが、その腹の中は転校生の中で一番底が見えないように感じた。

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