第365話 狼煙を上げたのは?
ボクはタシテくんの前で指を鳴らした。
「なっ!」
そこはボクらがよく知っている。
アレシダス王立学園の中庭に移動して、ベンチに座していた。
タシテ君は、そんなボクの前で膝をついている。
今はアレシダス学園に、誰もいないようだ。
戦争に、学生も駆り出されているのかもね。
「一瞬で!」
「タシテ君、君のことだ。エリーナやアンナが戦争に参加しているのは本当のことだろう。だけど、危険かどうかはどうやって知るんだい?」
「えっ?」
ボクは立ち上がって王都中に張り巡らせたダンジョン探索によって、エリーナたちの位置を把握する。
そして、もう一度指を鳴らすと三人を転移させた。
「えっ? リューク?」
「リューク様!」
「リュークしゃま!!!」
エリーナは驚き、アンナは喜びの表情を見せ、クロマは反射的に抱きついてきたのでギュッと抱きしめてあげる。
「さらに!」
ボクは、もう一度指を鳴らして迷宮都市ゴルゴンに残しておいたクウも引き寄せる。
「あっ、リューク様! えっと、ここは? アレシダス学園? まさか、帝国の戦いに参戦するのですか?」
さすがは専属メイドのクウだ。
いきなり呼び寄せても、状況を見て、ボクの考えを察しようとしてくれる。
「いいや。そういうことじゃないんだ。可愛い、クウを側に引き寄せたかっただけなんだ」
「リュッ、リューク様! いつでもお側におります」
クウがウサギの耳を動かして恥ずかしそうに喜んでくれる。
「さて、ボクの離れた場所にいた嫁たちはこれで全員揃ったわけだ」
「リュッ、リューク様! それほどのお力をお持ちなら、どうか!」
「君にしては珍しいから、一度だけ聞いてあげるよ。誰を助けたいの?」
「えっ!」
タシテ君は優秀な男だ。
ボクが何かを言わなくても自分で考えて行動ができる。
それなのにボクへ助けを求め、しかも嫁たちのことを引き合いに出すような男ではない。
「それは……」
沈黙して、両手を地面についたタシテ君。
「申し訳ありません。ナターシャを! 我が妻を救ってはいただけませんか?! 彼女は私を逃すために帝国に残って諜報活動をしてくれています。本来はエリーナ様たちの護衛として忍ばせていたのですが、回復術師としての実力が見込まれて帝国の中枢へと」
意外な人物の名前が出た。
タシテ君の言葉にボクは目を見開いて驚いてしまう。
「君とナターシャがねぇ」
ボクはエリーナを見た。
エリーナは激しく首を振り、アンナを見ても首を振る。どうやら、二人は知らないようだ。
クウとクロマはナターシャと同級生だったので、視線を向けると微笑ましそうに笑っていた。
どうやら同級生である二人は知っていたようだ。
「そうか、ならタシテ君。行こうか」
「えっ?」
地面に擦り付けるほど頭を下げていたタシテ君の前にボクは目線を合わせるように屈んだ。
「親友の奥さんを助けるなら、力を貸そう。だけど、タシテ」
「はっ、はい!」
「ボクを見誤ってくれるなよ。嫁たちのことがなくても、君のためならボクは力を貸すよ」
「リュッ、リューク様!!! 私は」
泣き顔を浮かべるタシテ君は、ネズミ顔がクシャクシャになって面白い顔になっていた。
ボクは彼の肩に手を置いて、ナターシャ救出を約束する。
♢
《sideクーガ・ビャッコ・キヨイ》
俺は書状を受け取ってから、迅速に戦況を見極めるために白虎領へ移動した。
白虎領では、師匠であるモウコ老師が待ち受けていた。
「師匠」
「うむ。貴様ならば来ると思っておったぞ」
「書状のことは?」
「ムクロから連絡が来ておる」
「それでは」
「うむ。敵の状況を把握したメモだ」
俺は師匠から受け取った敵の情報が書かれた紙を将軍たちと共有する。
現在の将軍たちは、俺と共に新しく就任した者たちだ。
ここが初陣だと言ってもいい。
魔物を相手には戦ってきた。
だが、人を相手に戦うのは訓練だけだ。
だから、足軽たちも緊張して硬くなっている。
「よう、俺は皇王クーガ・ビャッコ・キヨイだ。お前たちに言えることは一つだ。今から帝国と大喧嘩をする。俺の背中についてこい!」
それは将軍としては、宣言なんて呼べる物じゃない。
ただ、俺にできることは王として背中を見せることだけだ。
「帝国を皇国から追い出すぞ!!! 出陣!!!」
「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」」」」」」」
「「「「「「「クーガ様万歳! クーガ様万歳! クーガ様万歳!」」」」」」」
迅速に動かせる一万の兵を持って白虎領へ傾れ込む。
イシュタロスナイツとその側近たちを欠いた帝国の兵は、クーガが予測していたよりも遥かに脆く。
皇国の迅速な動きは帝国の意表をつくことに成功して、国境線まで一気に帝国を押し切った。
そして、帝国と皇国の間に作られた巨大な門は閉じられて、皇国は国境沿いに作られた砦を取り戻した。
しかし、砦はすぐに使えない程度に破壊されていた。
帝国も取り返されたときのことを考えていたのだろう。
だが、皇国は技術国として名を馳せている。
武力では、他国から劣ったとしても、その技術力と細やかな仕事は世界に評価されていた。
「三日で砦を元に戻す。工作部隊!」
「はっ!」
「将軍たち。その間の門を死守だ! なんとしても守れ」
皇国の国境を守るため、帝国との戦争を始めたのは意外にも、皇国からだった。
そして、それは長く厳しい防衛戦の始まりでもあった。
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