第157話 不穏な気配
《sideリンシャン・ソード・マーシャル》
迷いの森が不穏な様子を表し出したのは、一年ほど前からだ。私が一年次を終えたぐらいから、報告が徐々にあがり出していた。
魔物が溢れ出すことは、今までも何度か経験したことがある。
だが、今回はダンの父であるダンケルクさんが防いでくれたのと、同規模の魔物の行軍が起こりそうな気配に近い様子を呈していた。
「父上。年越しのご挨拶に王都に行かれなくてよろしいのですか?」
「うむ。王には、魔物の行軍の気配ありと伝えてある。ご挨拶は代理を向かわせることにした。ダンケルクの時のように、有望な騎士を失う恐れがあるからな。戻って来たばかりで悪いが、ガッツに代理で王都へ向かってもらうことにした」
「それは!」
「うむ。もしも、私が死んだ時には、ガッツに家督を譲るつもりだ。ガッツには騎士団での指導に加えて、公爵としての仕事のやり方は伝えてある。
実質的な事務仕事は子爵家のバーハムが取り仕切っておるからな」
バーハムは我が家の執事として、領地経営の全てを代行してくれている家だ。
血筋としては母上の実家に当たるので、私としては叔父に当たる。
恋愛脳である母の弟で、凄く優しい人ではあるが戦闘能力は高くない。
今までの私であれば、戦えない者などと思っていたが、学園に行くようになってからは、考え方は変わってきていた。
リュークが効率的に魔物を倒す方法を編み出して怒りを覚えたのも懐かしい。確かに、実践的な戦闘経験を積むことはできない。
レベルが上がる、それだけだと最初は思っていた。
だが、魔物の行軍が始まると思った時、リュークが居てくれればと、どれだけ思うことか。
大勢の魔物を相手にする時に、戦闘経験の有無など話をしている猶予はない。
リュークが結界を張って魔物を眠らせてくれれば、人が死ぬ確率が大幅に減ったことだろう。
「ふ、私はいつから男に頼る様になってしまったんだろうな」
自室へと戻った私は、ついリュークのことを考えてしまう。今頃、リュークは王都の屋敷でのんびりとバルの上で本でも読んでいるのだろうか?それとも昼寝をしているんだろうな。
最初は、見ているとイライラしていたリュークの態度が、今では心強く、自分の心を癒してくれている。
不思議なものだな、恋というのは……
カリン様は料理で、アカリは商売で、ミリルは医療で、それぞれが戦闘ではない方法で自己を表現していた。
今ならば、バーハム叔父上が立派なことをされていると理解できる。
「せめて、我が陣営にネズール家の様な情報を取り扱う部門があれば魔物の動きをもっと正確に把握できたかもしれない。もしくはアカリの様な科学者がいて、新兵器を開発してもらえたら、兵たちの被害を抑えられただろうか?我家は、騎士としての戦闘に重きを置いてきた。あまりにも様々な分野を疎かにしてきたのだな」
ーーコンコン
「誰だ?」
「リンシャン様、マルリッタとハヤセにございます」
名を告げられて、扉を開くと二人が立っていた。
「夜分にどうしたのだ?マルリッタは王都に帰る支度をしなくていいのか?」
先ほど、父からガッツ兄上が明日の朝一で出立することを聞いていたので、マルリッタもついていくのだと思っていた。
二人を招き入れて火を焚く。
今の時期は雪が降り積もり、いくら部屋の中でも寒く感じてしまう。
「私は、明日の朝にガッツ様と共に王都に向かいます。ご挨拶を申し上げに参りました」
「うむ。それは嬉しいことだ。ガッツ兄上のことは頼むぞ」
「はい。それとリンシャン様からリューク様へ言伝があればお伝えしようと思いますが?いかがでしょうか?」
「むっ、むう」
マルリッタとハヤセは、私がリュークを想っていることを知っている。
「いや、私からリュークに伝えることはない」
「よろしいのですか?今のマーシャル領のピンチを伝えれば、リューク様はリンシャン様を助けるために駆けつけてくださるのではありませんか?」
マルリッタと言う女性は、真面目で気配りのできる女性だ。だからこそ声をかけてくれていることがわかるが故に、マーシャル家のリンシャンとして、デスクストス家のリュークに頼ることができない。
「私の言葉に二言はない」
「リンシャン様!」
「マルリッタ、やめるっす。リンシャン様は貴族の令嬢として当然の態度を取られているっす。リューク様の力は絶大っす。だけど、家柄や立場が二人の関係を許してくれないっす」
ハヤセが私の気持ちを汲んで、マルリッタを止めてくれた。
ガッツ兄上も、ダンも良い嫁をもらえそうで、私としては嬉しい限りだ。
「そういうことだ。マルリッタの気持ちは嬉しいが、私がリュークに助けを求めることはない。そうだな。私と同郷の者に会ったなら、世間話程度でいいからマーシャル領の話をしてくれれば嬉しい」
王へ挨拶に行くのであれば、エリーナに会うこともあるかもしれない。
マイド大商店に行けば、アカリに会えるかもしれない。
彼女たちに会って伝えてもらえたなら、もしかしたらリュークに……
「ダン先輩と共に私がお支えするっす」
「うむ。ハヤセの能力を聞いているが、魔物にも通用するのか?」
「申し訳ないっす。信用が必要になるので、効果は薄いっす」
「そうか……」
本当に無い物ばかりだ。
王都のアレシダス王立学園の仲間たちと出会って、自分は色々な立場や存在が世界には必要なのだと思い知らされた。
「ありがたい。ダンと共に協力を頼む」
「はいっす」
「マルリッタも王都への帰路は気をつけて行くのだぞ」
「わかりました。どうか、リンシャン様もご無理はなさらないで、ご自愛くださいませ」
マルリッタは兄嫁、ハヤセは弟の様なダンの恋人だ。
そん二人とこうして姉妹の様に話ができるのは喜ばしいことだ。
二人を見送り訓練所で、剣を振るう。
学園に入る前はダンと競い合うように剣を振っていた。
学園に入り、リュークと出会って戦いに勝利するだけでは、物事に決着を付けられないと言うことを教えられた。
そして、二年次の剣帝杯で、ノーラ先輩と対峙して思い知らされた。
自分は、戦いで一番になることはできない。
それは同時に、勝利するものが全て正しいと言う考えを捨てなければいけない現実を突きつけれたことを意味する。
「それでも、このマーシャル領は魔物の脅威に武力で勝たねばならないのだ。世の中とは、理屈では通らない出来事ばかりだ」
訓練で汗を流した私は月を見つめてリュークを思う。
「リューク。どこかでお前も、私を少しでも思って月が綺麗だと見ているのだろうか?」
私はリュークのことを考えながら、決戦に向けて、覚悟を決めていた。
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