第158話 悪夢
《sideノーラ・ゴルゴン・ゴードン》
夢を見んした。
眠るのを拒否するような夢を、わっちは何度も、何度も、何度も眠るたびに同じ夢を見るんでありんす。
夢の中では炎に焼かれる美しき母の姿が、繰り返し、繰り返し何度も何度も何度も、わっちがいくら手を伸ばしても届きはしやせん。
助けたいのに、この強靭な体を持ってしても、どうして母を助けることができないでありんす?
できないであれば、こんな体はいらしまへん。
「母様!」
目が覚めると、そこは見慣れぬ天井が広がっていんした。人様のお家で、気を抜いて寝てしまうなど、いったいいつぶりやろか?覚えていやせんね。
「ふぅ〜眠らせる魔法と言っとりましたが、まさかこんなにも、ゆっくり寝たんは生まれて初めてかもしれへんなぁ〜」
寝られるものならと、相手の魔法を受け入れたところまでは覚えているでありす。
せやけど、そこからは記憶がのうなってもうて、すっかり日が傾き始めてますなぁ〜
「これだけわっちが寝てしまえば、わっちのような怪物から逃げんしたでしょうなぁ〜また探さなあかんのはホンマはめんどうやねんけど。あん人はなんや、かー様と同じで人を惹きつける何かをお持ちんしたね」
わっちは化物。
そう、人から言われてるんは知っているでありんす。
せやけど、生き方を今更変えようとは思いはしまへん。
「喉が乾きんしたね」
起き上がると、汗ばむ体は水を欲しておりんす。
ベッドの脇には、サイドテーブルが置かれて、水差しがありんした。
「なんや、普通の客としてもてなされているようで、変な気分になりますなぁ〜」
水を入れて一口飲めば、普通のお水がいつもより美味しい感じますなぁ〜水なんて、美味しいと思うは珍しいことや。
「あれ?起きてたの?」
そう言うて無遠慮に部屋に入って来なすった、御仁に私は少々驚いてしまいんした。
「あんさん。逃げたんやないんか?」
「逃げる?どうして?ここはボクの婚約者の家だよ。ノーラ先輩が出て行くことはあっても、ボクがどこかに行く必要はないよね?なんだったら学園に行かないで、一生ここで過ごしていたいくらいだけど」
わっちのことを怖がった素振りも見せないのは、かー様以外では初めてでありんす。
かー様やわっちを見た者は、誰であれ一度は目を背けて覚悟を決めてから話をしはります。
それやのに目の前の御仁は、全く悪びれた様子もなく。
むしろ、わっちと話すことを面倒そうに気怠く語りはります。
「なんや、意外やねぇ〜てっきりわっちが恐くて戦わないんやと思っとったけど」
かー様に、リューク・ヒュガロ・デスクストスに一度会ってみろと、言われてわざわざ剣帝杯に出てみたけれど、会えず終いで後を追って、ここまで来た価値はあったのかもしれへんねぇ〜
「えっ?う〜ん、怖い怖い絶対に戦いたくないよ。だから、暴れるのもやめてね」
「わっちのことをなんやおもてはるん。意味もなく暴れたりはしやせん。ただ、欲しい物を手に入れるために加減ができひんだけです」
わっちは、初めて男性と笑い合うように掛け合いしました。こんな会話を出来る異性は初めてです。
男性は、最初はわっちの美貌に釣られてよって来よるくせに。
わっちの名を聞き、わっちの行動を見て、血相を変えて逃げはります。
それやのに、名を聞いても、わっちの行動を見ても、軽口で話てきはる。
なんや、ようわからんお人どすなぁ〜
「う〜ん。絶対的強者として生まれて、自分のことを危険人物だと自分で思っていて、そのくせ寂しがりやな人かな?」
壁にもたれたまま、彼はわっちのことをそう評価しはりした。
わっちは、娼婦の母と、ゴードン侯爵であるかー様の間に産まれんした。
せやけど、母様はそのことをかー様に知らせることなく、わっちを育てようとしやんした。
結末は、何度も夢に見ます。
母様は化物であるわっちを救い死にはった。
かー様が炎の中から、母様を救い出してくれるまで、わっちは何もできませんでした。
「何がわかるいうんです?」
かー様は言いんした
「私ではあなたの悲しみを、そして孤独を埋めてはあげられないようね。だけど、いつかあなたの心を埋めてくれる漢が現れるはずよ。ノーラ。漢を見つけなさい。本物の漢を」
かー様に言われた言葉を信じて、わっちは様々な漢を求めんした。
ただの一度も、わっちに触れることができた漢はおりはしません。
わっちの前に立ち、わっちが全力で求めた際に、わっちの前に立ち続けられたことが出来た漢に、まだ出会ったことがないでありんす。
「何にもわからないよ。ただ、そう思うだけ。そうだね。いつかノーラ先輩がいくら攻撃しても心が折れないで、受け止めてくれる人に出会えるかもね。ボクは止める立場にあるけど、惹かれ合うなら仕方ないよね」
何を言っているんやろ?もうすでに目の前に現れんした。
わっちは男たちに暴力など振るってはおりやせん。
ただ、心を込めて求めただけでありんす。
せやけど、今のリュークは魔力を纏って、平然とした顔で、わっちと話を続けているでありんす。
わっちは立ち上がって、肩に掛けていた服を床に落としんした。
「うん?なんで服を脱ぐの?」
「わっちと女と男の戦いをしましょう。わっちは初めてでありんす。それでもこの体は極上であることは間違いないでありゃせんよって」
強く強靭でありながら、女性らしい丸みと膨らみは、どんな女性にも負けはしませんよって。
王国最高の美女と言われる、アイリスにも負けんと思うてます。
「う〜ん。今はやめとくよ」
「今は?」
「うん。本当は剣帝杯で顔を合わせると思っていたんだけど、顔を合わせなかったからね。別口で顔合わせを設けないと。ダンがどっちを選ぶのかボクにもわからないからね」
「どういう意味でありんす?」
「別に。今はその時ではないってだけだよ。もしも、どちらも惹かれ合うことがないなら、ボクが受け止めるしかないのかな?結構ハードなシナリオだったような」
何やら一人で考え込んだリュークは、男性としては美しい顔を歪ませて、真剣にわっちのことを考えてくれているのが伝わりんした。
なら、ええ女は欲しい物を最高の状態で頂くもんです。
「ええでしょ。あんさんが言われ時を共に待ちましょう」
もう、目の前から漢は逃げへんかったんどすから……
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