第288話 他の動き 2

《sideハク・キリン・キヨイ》


 ワシは、ココロの生存を伏せたまま、冒険者バルなる人物の情報を知るために、朱雀門へと向かっていた。


 神都に存在する四つの門。


 それぞれに名を冠しており、朱雀、青龍、白虎、玄武の名を持つ。

 そして、門には霊獣を守る四人の戦巫女が存在する。


 第一皇女であるメイは朱雀門を預かる戦巫女であり、ヤマトの件では評価を下げることになった。

 

 しかし、仕事に支障はない。


 戦巫女は簡単に入れ替えられるものではないため、任務を全うしてもらい。政治の中枢からは遠ざけられるようになる。


 メイ自身、ココロの死と親友であったカスミの死によって、多少なりとも変化させていることを期待したい。


 朱雀門に入れば、侍たちが訓練に励む姿が見えてきた。


 訓練する侍たちの中心で一際声を出している人物に目を止める。


「朱雀兵よ! 貴様は不滅の名を関する兵士だ。死してなお戦うことができる存在として、どの門よりも勇敢な兵であれ!」


 叱咤激励を送る存在こそ、メイ自身だった。


「メイ様、ハク様がおいででございます」


 私に気づいた侍がメイに声をかける。

 メイの視線がこちらに向いた。


「私は訓練を抜けるが手を抜くなよ!」

「「「「「「はっ!!!」」」」」」


 こちらに近づいてくるメイからは覇気のようなものを感じる。

 どこか鬼気迫ると言えばいいのか、まるで戦場にいるようだ。


「兄上。お久しぶりです」

「久しいな」

「本日はどうされたのですか?」


 黙っていれば、メイは美しく聡明に見える女性だ。

 武装鎧神楽の先駆者として、他の者よりも一歩も二歩も進んでいる。


 それは脳筋的な力技ではなく、絡繰師カラクリシたちの心を掴んでいることに他ならない。


「ああ、貴公に王国の話を聞きたくてな」

「王国の話? また調書でしょうか?」


 メイは皇女であるため、事情聴取を行った際に私自らが聞き取りをした。その続きだと思われたようだ。


「いや、個人的な興味だ」

「王国に個人的興味? 私にとっては憎い敵です」


 メイの瞳が暗くどんよりと染まっていく。

 その瞳は王国の方角を見据え、背中に冷たい汗が流れ落ちた。

  

 少し抜けているが、明るい娘であったと記憶しているが、随分と物言いが大人しくなった。


「ココロの仇です。玄武領ではなく朱雀領に攻め入ってくれていれば、すぐさま討伐に向かったものを」

「そうか、まぁその一つだと思ってくれ。王国の人物について聞きたい」

「何かあったのですか?」

「ああ、剣豪イッケイはわかるか?」

「もちろんです。剣を志す者として、朱雀領にスカウトしたこともありますので」


 戦える者を好む傾向があるメイは武芸者を集めて、スカウトを行っているそうだ。


「そうであったか、実はな。その剣豪イッケイが王国の剣帝杯に出たのだ」

「なんですって! もちろん、優勝したのでしょうな?」


 鬼気迫るメイの顔に、ワシは一瞬たじろいでしまう。

 ココロが死んでから、メイの戦闘力は格段に上がっていると報告を受けている。

 陰陽術では飽き足らず、禁忌とされている鬼術に手を出しているという噂まで聞こえてくるのだ。


「いや、決勝リーグまでは上がったようだが、前回覇者である剣帝アーサーによって敗北したそうだ」

「剣豪イッケイを倒すほどなのですね。私も一度は手合わせしたいものです」

「それは叶わぬ」

「どうしてですか? 皇国に客として招くことができないというのですか?」

「そういう意味ではない。剣帝アーサーは剣帝杯中に何者かの手によって暗殺されたのだ」

「なっ! 剣帝アーサーを殺せるほどの者が……もしや、リュークが?」

「リューク? デスクストス家の次男か?」

「彼奴は小賢しいやつです。もしかしたら、ヤマトに殺されたフリをして生き延びているのかも知れません」

「そんなことが可能なのか? ヤマトは心こそ未熟と断じられたが、剣の上では皇国でも両手で数えられる程に腕が立つ」


 もしも、リュークなる者が生きているのであれば、由々しき事態ではあるが、メイの言うことを全て鵜呑みにすることはできぬ。


「確かに、ヤマト隊長ならばリュークを殺せる実力は申し分ないかと」

「そうか。死した者の話はもう良い。その剣豪イッケイが、王国剣帝杯から帰ってきた際に異国の者を招きいれたのだ」

「異国の者ですか? 新たな剣帝でしょうか?」

「いや、冒険者バルという人物だ」

「冒険者バル? 確か、マーシャル家の護衛をしていたものですね」

「何?! 知っているのか?」

「噂程度ですが」

「聞かせてくれ」

「はっ!」


 意外ではあるが、バルなる人物の情報はメイから得られることができた。


 メイたちが王国に行く少し前にマーシャル領で起きた魔物の行軍において、マーシャル領を救い、魔物の行軍を鎮静化させた人物。それが冒険者バルだという。

 その際にマーシャル領の娘であるリンシャンと婚約関係になり、リューク・ヒュガロ・デスクストスの葬儀では、正式な護衛として現れていたそうだ。


 メイは、逃亡する慌ただしさで、それ以上は知ることができなかったが、相当に腕のたつ冒険者で頭も切れるという。


「うむ。貴重な話だ。感謝する」

「冒険者バルがいるということは、マーシャル家のリンシャン姫もいるのかも知れません」

「姫がわざわざ?」

「冒険者として、嫁いでいれば付き従うのは、当然かと?」


 皇国の女性として、結婚をすれば夫に付き従うという考えがある。

 それは人生を共にして、添い遂げるという考えがあるからだ。


「この国ではそうだが、リンシャン姫がそうとは」

「いえ、私の知る人物で、マーシャル家のリンシャン姫と、その従者であったダンは、そのような人物だったと思います」

「ダン? 絆の聖騎士か?」

「はい」


 王国にも皇国と同じ考えを持つ者がいるようだ。


「近々、その者たちをワシの前に招待しようと思う。どうだ? 手伝ってはくれぬか?」

「わかりました。その際には助力いたします。もしも、その者たちを捕らえることに成功した暁には、ヤマト隊長を」

「ほう、メイはヤマトのことを大事に思っているのか?」

「共に苦境を乗り越え、力ある者です。閑職につけておくには勿体ないと考えます」

「よかろう。私の力で一兵卒に降格させることになるが、朱雀兵の配置にしよう」

「ありがたき幸せ」


 意外な男を好きになるものだ。


 ワシは、メイの気持ちなどどうでも良いと思いながら、情報提供の礼として、ヤマトをハットリ家から朱雀兵への転属を命じた。

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