第289話 お茶屋
ボクはバルに乗って、一人でプカプカと空を飛びながら、皇国の街並みを見下ろしていた。せっかく海外に来たのだから、街並みを見たいよね。
皇国の街並みは、王国と随分と違っていて木造の住居が多い。
湿度も高くて、ジメジメとしている空気がなんだかどんよりする気分だ。
「う〜ん。どこか懐かしさを感じるかと思ったけど、全然何も感じないね。むしろ、似て非なる異なる国って感じだね」
ベイケイの説明では、皇国は中央の都市として神都があり、それを四方の領地に区分分けされている。
テスタ兄上たちが山を越えて侵入を果たした玄武領は沼地が多く、蓮池や寒い地域に位置する。
皇国の中でも環境が厳しくて、畑よりも畜産が盛んな地域だ。
山にぶつかった冷たい風の影響だそうだ。
ベルーガ辺境伯領から通じる領地は青龍領と言われている。
青龍領は温泉街や歓楽街、花々が咲き乱れる陽気な気候が多く。
住んでいる人々も穏やかで接しやすい。
さらに南下すると朱雀領と言われ、岩と海に面しており、そちらにはダンジョンが二つあり、海産物と軍の強さを誇っている。
最後の西にある白虎領は、帝国領に面しており、皇国でも珍しい帝国カブレしている人が多い。
カラクリ師や帝国の技術を学んだ先進的な領作りを行なっているそうだ。
「とまぁ、青龍領は温泉街と歓楽街という話だけど、それも一部だけ。本当に何もないね」
青龍領は他の地域よりものんびりしている人柄も特徴で、歓楽街があるおかげで歌舞伎者と言われる派手な着物に身を包んだ者も多い。
「バルニャン、ちょっと下ろしてくれる?」
「(^O^)/」
ボクは街の近くに降りて、フラフラと街の中を歩き出した。
快楽街と言われる場所は、華やかで賑やかだ。
だが、どこか後ろ暗い視線も同時に感じる。
「うん。ここにしようかな。邪魔するよ」
一際豪華な建物の暖簾を通れば、年老いた女性がキセルを吹かしてこちらを見る。
「お客さん、いらっしゃい。なんだい、歌舞伎者かい? 最近は流行っているみたいだね。お金はあるのかい?」
ボクは王国金貨をベイケイに両替してもらった金須を見せる。
「なっ、なんだい凄い額をお持ちじゃないかい! 旦那。いらっしゃいませ。本日はご休憩ですかい? それともお泊まりで? お泊まりなら、金須のこれぐらいですよ」
ボクは言われた分のその倍を渡した。
「いい子を頼むよ」
「かっ、かしこまりました!」
さらにもう一塊りを渡す。
「飲み物や食い物も頼むね」
「これはこれは、金払いの良いお客様は大切にさせていただきます」
せっかくのお茶屋さん。
女将に案内されるがままに、大きな部屋へと案内される。
そこには先客の大柄な歌舞伎者が寝そべっていた。
「うう? どこの誰だい?」
キセルを吹かしながら、寝ている大柄な男は、身長はボクと変わらないほど高く。
ガタイがいいのでベイケイにも負けぬ体躯だ。
「トラ様。あんさん、数日は支払いがないやないの。それそろ出てくれへんか!?」
ボクの見ている前で、客の追い出しを始めるのはやめてほしい。
「女将」
「これは見苦しいことを。この奥でございます」
「ううん? おいおい、女将。それはないんじゃないか?」
トラと言われた男は立派な髷を結い。
太い眉毛に男らしい顔。
男臭さはあるものの、雅な雰囲気を併せ持つ。
「何言うてはるんや。金は払わない。花魁は口説けない。あんさんの負けどす」
「ふぅ〜、痛いところをつくね。わかったわかった。今日は退散しよう。また来るよ」
「今度は金を持って来て、おくんなまし」
歩き姿も優雅さを感じる。
王国ならば、上流の貴族だけが持っているような雰囲気だ。
「全く、金払いが悪いのは客にあらへん」
女将は怒っているようだが、どこかで憎めない、トラという男をため息混じりに見つけていた。
「客さん、待たせてスンマヘン。この先に三人の花魁がおります。先ほどの方は一人にご執心やけど。お客さんはお好きな子を選んでください」
「ボクが選んでもいいのかい?」
「へい。ただし、花魁が応じない場合は、お断りさせていただきます」
これはなんとも面白い。
金は取るが、選ぶ権利を男性が。そして、受ける権利を女性が持つ。
なんとも優雅な遊びだね。
先ほどのトラは、ここに入れると言うことはそれなりの金須を積んだと言うことだろう。
だが、ご執心の女性は射止められなかった。
「それでは行こうか」
五階まで登ってきたボクらは、三つの扉が閉められた和室へと案内される。
「その姿は妖艶にして神秘、美しい黒髪は皇国の美姫の一人に数えられる。花魁ボタン」
黄色い着物に黒い髪。どこか、ノーラを思い出させる容姿は、されどノーラの美しさには敵わない。
「続いては、立てば芍薬座れぼボタン歩く姿は百合の花。そこからついた名は、花魁ユリヒメ」
白い着物に整った容姿。こちらはカリンのような優しげでほんわかとした雰囲気をした女性が座っている。
「最後は、青龍領一の美姫。青龍の戦巫女も務める最高の女性。花魁アオイノウエ」
青い着物に二人の美しさを超える容姿は、アイリスやエリーナにも負けずとも劣らない。
ボクはついつい自らの嫁たちのことを思い出して比べてしまう。
悪い癖だね。
ただ、アオイノウエとやらの名乗りは、聞き捨てならなかった響きがある。
「青龍の戦巫女?」
「おや、旦那は知りませんか? そうです。各門を守る戦巫女。花魁アオイノウエは、これまで数々の男性に貢がれながら、誰にもその身を許したことはございません。先ほどの旦那もご執心の姫君です。どうです? あなた様も挑戦されますか?」
トラと言われた男は、ボクから見ても雅で面白い男だった。
だが、そんな男すら振ってしまう彼女にはそれだけの価値があると、数々の男たちは判断してきたのだろう。
だが、ボクとしてはタイプがあり、最も好ましい相手を選びたい。
「いいや、ユリヒメが良ければ、ボクと過ごしてほしい」
しばらくカリンに会えていない。
それを思うとカリンに似た雰囲気を持つ彼女を恋しいと思ってしまう。
「ユリヒメ花魁。どうします?」
女将の問いかけに一瞬だけ迷った素振りを見せて、頭を下げる。
「申し訳ございません」
どうやら振られてしまったようだ。
ボクは仕方ないと首を横に振って立ち上がる。
「旦那? どちらに行かれます?」
「うん? 振られたから、立ち去ろうとしているところだよ」
「ちゃうちゃう、ここでの遊びや。女は一度の誘いでは靡きません。二度、三度と声をかけて初めて落とすんです。もっと自分のアピールをしてもらわんと」
女将に安易に金を渡せと言われているのかと思ったが、そうでもないようだ。
三人の花魁たちはどこかソワソワとした雰囲気を持っている。
なるほど、これはこれで色恋遊びなのだろう。
「ふむ。だが、やめておこう」
「なっ! なんでや! 花魁たちは今までにないぐらいその気になってはりますよって!」
「女将、商品に傷がつくかもしれないんだよ?」
「それは違う! 花魁も女や、彼女らがあんたを求める素振りを見せとる。それを手助けするのも女将の勤めです」
ボクはルールを知らない様子で怒られてしまう。
しかも、ボクが最初に誘ったユリヒメ以外の二人も何やらソワソワしていると言うことは、可能性があると言うことなのだろうか?
「色々と難しいね。それじゃ」
ボクがもう一度、一人を選ぼうとしたところで、襖が開いてトラが入ってきた。
「ちょっと待った!」
「トラさん! あんたルール違反やで!」
「固いこと言うな女将。三日分の金須と本日分だ。これならば文句あるまい?」
トラは本当に金をとりに行っただけの様子だ。
ただ、水でもアビたのか、結われた髷は解かれて長髪の髪と、着物が新しく新調されて、歌舞伎者というよりも艶やかな武士と言った方がしっくりくる。
「まっ、まぁ頂ける物を頂ければこっちに文句はありません。但し、ここからはわかってはりますなぁ?」
女将は受け取った金須を懐に収めて、トラと三人の花魁を見る。
「もちろんだ。だが、先客が優先だろ? あんたが選びなよ」
トラはぼくに先に選ぶことを促すが、その瞳は獲物を見据えた虎のようだった。
ボクは楽しくなって一人の女性を指さした。
「アオイノウエ。君がいい。どうだい?」
「喜んでお受け致します」
「なっ!」
「なんやて!!! あんたが受けるなんてどういう風の吹き回しや!」
トラと女将が驚いた顔で、アオイノウエを見る。
ボクはただ無言で彼女の元へ行って手を差し出した。
「行こうか?」
「喜んで」
「ちょっと待った!」
ボクが個室へと進もうとするのをトラが止める。
「俺と勝負をしてくれ」
「勝負?」
「そうだ。俺が勝ったらアオイノウエと個室へ行く権利を譲ってほしい」
ボクはアオイノウエを見た。
どうやら彼女はどちらでも構わないと言った顔をする。
「いいよ。やろうか? ただ、ボクは選ばれて権利を譲るわけだ。それはボクに損じゃないか?」
「わかった。向こう一ヶ月間の代金を俺がもとう」
「う〜ん。それでもつまらないな。ボクの願いを君が叶えると言うのはどうだ?」
「いいだろう。勝負だ。表に出ろ」
ボクは久しぶりにワクワクとした気分で、トラの後を追った。
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