第287話 童女
春の陽気が心地よくて、温泉宿で数日を過ごしている。ボクは温泉に入りながら、のんびりとすることに慣れてしまっていた。
「バル様、何かお持ちしましょうか?」
バスタオルを巻いたシロップに問いかけられる。
バスタオルから白い犬の尻尾がフリフリと振られていることが、とてもかわいいね。モフモフ最高と叫びだくなるよ。
「うん。冷たいお水をお願い」
「かしこまりました」
ボクがベイケイに陰陽道を習っている間に、三人娘は剣豪イッケイの元で剣術を習っている。
リンシャンやルビーは、剣豪イッケイの修行が楽しいのか、今でも続けていて、シロップだけは、最初から剣術でイッケイと互角に撃ち合っていた。
「シロップは剣術はいいの?」
「私の獣人剣は、母から習ったものです。イッケイさんが使う技は、知っていればためになりますが、自分には合いませんね」
「そういうものか」
「はい。リンは、強くなる修行が楽しいようです」
リンシャンは元々騎士の家系に生まれ育ち、強くなる努力をしてきた。
魔物と戦うことは生きるという意味に近い。
そして、それは強くなるということだったはずだ。
だが、学園に来てからの彼女はどれくらいの絶望を味わったんだろうか?
一年生の剣帝杯。彼女は純粋に優勝を目指していた。
それをアクージによって邪魔された。
アイリス姉さんがいる以上、優勝は無理だったかもしれない。だが、初めての公式戦で勝利の目前で敗北してしまった。
それからは負け続ける日々だ。
レベルが上がっても、二年生ではノーラに敗北した。
マーシャル領で起きた迷いの森では、ホワイトエナガに乗って人を助けるために死ぬ寸前まで戦い続けた。
その彼女の姿は彼女らしいと言えるだろう。
そんな彼女が剣豪イッケイに出会ったことで、新たな戦い方を学んで、まだまだ自分が強くなれることを知って楽しいと感じているのかもな。
「ルビは、イッケイさんの柔よく剛を制すという考えが面白かったようです」
「へぇ〜そんな教えがあるんだね」
「はい。合気というらしいのですが、敵の力を応用して敵を倒す。ルビは、速さと柔軟さに特化しており、風の魔法も同じく威力という分では懸念点があったようです」
ルビーは、最初から強かったが、そこからの成長がなかったと言える。
ルビーは両親を助けるために、強さを求めていた。
アレシダス学園では、最強クラスだったが、他者と比べることに興味はなくて、自分だけの強さと、自分よりも強い者だけに興味を持っていた。
だが、今は両親が救出されて旅をするようになって、自由に強さを求められるようになり、新たな可能性が目の前に現れた。
もっと強くなれる。
それはしがらみから解放された二人にとって、楽しさとなったのだろう。
「剣帝アーサーが生きていたら、二人を指導してほしかったね」
「ふふ、バル様はお優しいのですね」
「そうかな?」
「ええ、ちゃんと二人のことを考えてあげています」
「シロのことも考えているよ。おいで」
ボクは水を汲んでくれたシロップを引き寄せて、共に湯に浸かる。
シロップは水を溢さないように、上手くバランスと取って、ボクにされるがままに湯に浸かって頭をボクの胸に預けてくれる。
ボクはシロップの頭を撫で、犬耳に触れて、心地よい時間を味わった。
「溢れてしまいますよ」
「シロなら、そんなことにはならないだろ」
「もう、バルは横暴ですね」
シロップが口移しで水を飲ませてくれる。
二人で過ごす時間は久しぶりなので、シロップもいつも以上に甘えてくれる。
「いい加減にしろ!!!」
いきなり叫び声をあげて、怒鳴りつけられた。
目の前にいる子供によって。
「どうした? 小僧」
「小僧じゃない! さっきから、お前らは二人で何してるんだ! それにここは女湯だぞ。なんで男のお前が堂々と温泉に浸かっているんだ。それに私は女だ!」
年齢にして十五歳前後。
発育が乏しい少女が、怒鳴り続けている。
「そうか、それで? 童女よ。何をそんなに怒っている? ボクの体を見れたのだ。役得ぐらいに思っていれば良いだろ?」
ボクほど美しい男性は珍しい。
ボクとしては美しい嫁たちの肌を見ているので、今更童女の肌を見たぐらいでは動じない。
「おっ、おかしくないか? 男が女の裸を見たくて覗きをするんだろうが?!村の者たちはこぞって、母さんの裸を見るために覗きにくるんだぞ! それをどうして私が男であるお前の裸を見て、役得に思うんだよ!」
怒鳴りながらも、ボクの裸を見てはチラチラと視線を逸らして恥ずかしそうにしている。
どうやら思春期は迎えている様子で、恥ずかしさはあるようだ。
「うむ。シロ、ボクの体は、見るに耐えないからだだろうか?」
「いいえ。男性の中でも高い身長。長い手足に引き締まった筋肉は、男性の美を集約した様相を呈しております。何よりも、バル様以上に美しい顔をした男性に私は会ったことがありません」
容姿が整っている者はいるだろうが、幼い頃から続けてきた洗顔や保湿のおかげで綺麗な肌という点では、その辺の男に負けるわけがない。
「そうだね。ボクも、洗顔や保湿は欠かさずにしていることもあって、自分でも美しいと思っているよ。それに対して」
温泉に浸かっている童女は、男の子と間違えそうな短い髪に発育途中のまな板。
これからが楽しみではあるが、決して見ていて楽しいものではない。
「ふぅ、食事をしっかりとって成長しろよ」
「なっ! なんだそのガッカリした顔は! 私の母さんはとても美人で、私だって綺麗になるんだ」
顔は確かに悪くない。いや、むしろ綺麗に整えれば、ココロには劣るが可愛くはなるだろう。
「別に顔が悪いとは言っていない。ただ、健康的ではないと思っただけだ」
この温泉宿は秘境も秘境、近くの村の者しか利用していない。
宿泊客が少ないということは、温泉宿として経営は貧しくなる。
今の宿泊客は我々だけだ。
宿泊費は全員の一ヶ月分にプラスして、チップを前払いで渡してある。
食事を買ったりするのにも費用がかかると思ったので、宿も十分に潤ってくれていることだろう。
ただ、女将のもてなし方が異常に丁寧だ。
喜んでくれたのが理解できるほど丁寧なサービスだ。
たまに、サービスが過剰なのでは? と思う程度に。
配膳をする際には、ボクの視線を誘導するように胸元が見えていたり、しゃがんだ際には綺麗な太ももがあらわになる。
ベイケイなどは、興奮して鼻の穴を大きくしていた。
だけど、ボクとしては五人の女性を連れていて、女将に靡くほど飢えてはいない。
もしかしたら、ボクが女将に靡かないので、幼い娘が温泉に入っているところをボクに差し出すことでサービスをしようとしているのかもしれない。
そのようなサービスは求めていない。
ボクは愛すべき者たちが側にいるので。
「わっ、私だって」
「童女。名前は?」
「えっ?」
「名前だ」
「カエデ」
「そうか。カエデ、まずは飯を食え。お前が美しいことは認めてやる。だが、健康的な女がボクは好みだ」
カリンは食べることが好きだ。
彼女のような元気でバイタリティーに溢れた女性が好ましい。
生きる活力に溢れていて、ボクはそれだけで癒される。
「わっ、わかった!」
童女の気持ちはわからないが、何やら嬉しそうな笑顔を浮かべて温泉を飛び出して行った。
「ふふ、また一人の女性の心を奪ってしまうのですね。罪な人」
「そんなつもりはないよ。やっと二人になれたからで先ほどの続きだ」
ボクはシロップのふわふわな尻尾を撫でながら、バスタオルに手をかけた。
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