第286話 他の動き 1

《sideハク・キリン・キヨイ》


 神都キヨイの屋敷の一角。


 ワシは、一人で月を眺めながら盃を傾けていた。


 今の皇国は蠱毒の巣窟として、信頼できる者はいない。それは親兄弟であってもだ。


 盃に注がれた酒を飲み干すと、庭に気配がする。


ムクロか」

「へへ、よくぞ我が気配にお気づきになられました」

「ヌシャの気配は独特だ。ワシには波紋が揺れるように感じ取れる」

「さすがは、《稀代の名君の素質あり》と言われるハク様ですじゃ」

「要らぬ口を聞きに来たのか?」

「いえいえ、ご報告に」


 影の中に身を隠す忍はワシ個人に仕える信頼できる従士だ。


 忍は源流こそ同じだが、仕える者によって派閥に分かれる。


「なんだ? 今は御前会議後で、五大老や奉行たちが、ピリピリしている。王国の報告など聞いても誰も動じないぞ」


 王国のデスクストス家が攻め入ったことは、大した問題ではない。

 進軍が止まっている時点で、玄武爺に翻弄されているということだ。


「王国との繋がりではありますが、デスクストス家のテスタではありません」

「何?」

「テスタは山を越え、玄武領を切り取ったに過ぎません。ですが、王国の剣帝杯が終わり。剣豪イッケイと共に王国から国宝が紛れ込んだようなのです」

「国宝?」


 盃を置いて、骸に視線を向ける。

 現在の皇国は指針を失った状態だ。

 

 皇国は、陰陽道を大切にしている。

 そして、最も国で重要視される存在がいなくなったから指針を失った。


 その指針を決めるべき筆頭占い師がココロであった。


「ココロか?」

「はい。死んだと言われていたココロ様が生きており。皇国に戻って来ております」

「その情報を知る者は?」

「今のところは、我が手の者だけです」

「そうか、ならば迎えを出さなければならないな」

「しばし、待たれることを進言いたします」


 骸は、忍だ。


 主君に対して進言するような奴ではない。


 そんな骸が進言するとは、珍しいこともあるものだ。


「何?!」

「申し訳ございません。ですが、ココロ様を守る者が異常なのです」

「ココロを守る者? 剣豪イッケイではないのか?」

「いえ、王国の冒険者バルという者と、その従者たちがココロ様の護衛をしております。そして、私ですら近づくことができない直系のカスミが見張りをしておりました」

「カスミも生きていたのか……、して貴様はどうしてここまでの情報を手に入れることができたのだ?」

「我が孫、ユヅキが命と引き換えに持ち帰った情報にございます」

「そうか、十分に供養してやるといい」


 ワシは懐から、小判の入った財布を投げ渡した。


「ありがとうございます。これで墓を立てられます」


 骸の気配が消えて、盃に酒を注ぐ。


「冒険者バル。どのような人物などか、一度会ってみる必要がありそうだ。その前に王国に行ったあの二人に面会をしてみるか?」


 私は戦巫女であり、朱雀門の守護者を務めるメイのことを思い、気が重くなる。


「ヤマトも、メイも、戦いに出せば活躍はするが、知能の低さが問題よ。ワシに使い切れるか? それとも使い捨ての駒とするか」


 血縁者は貴重であり、自分の手札を増やしておきたい。

 

 現在の神都はお館様の物だ。

 だが、それがすんなりとワシの手中に収まるほど世は甘くはない。


武装鎧神楽ブソウヨロイカグラの調整をしておかねばならぬか。ワシの専用鎧、麒麟は出力が高いせいで扱いが難しい。あのジャジャ馬を出さなければならぬか?」


 ココロの重要度は今すぐ必要な者ではない。


 だが、いつかは必要になる。


「全く、誰かの掌で踊らされているようだ」


 盃を片付け、ワシは寝床についた。


 

《sideダン》



 王国剣帝杯準優勝ダン。

 この成果を俺はそれなりに満足していた。

 王国剣帝杯後にアーサー師匠の死を知った時はショックだった。

 

 そして、フリーがアーサー師匠の娘であることを聞いた時も驚いた。

 

 ベルーガ辺境伯領ヒレンでは、盛大な剣帝アーサーの葬儀が行われた。

 主賓を務めたフリーは健気で、気高かった。


 共にエリーナ第一王女の王都への帰還を護衛している。アーサー師匠の弟子として、仲良くしたいと思っているが。


「フリー、今後は王国の民として頑張っていこう」


 俺が声をかけると決まってフリーは。


「黙れ、変態。死ね」


 そう言って馬を離していく。


 アーサー師匠の死は、相当答えているのだろうな。

 今はそっとしておいてやるか。


「ダン先輩、何しているっすか?」

「ハヤセ。いや、同じアーサー師匠に学んだ者として仲良くしたいと思っているんだが、どうやら相当にショックだったようだな」

「先輩は話しかけない方がいいっす。マジで、今回の大会では全員がドン引きしているっす」

「ドン引き? そうか? 俺の活躍がみんなの記憶に残っているんだな」

「そのヤバいメンタルに流石の私も驚きっす」


 ハヤセから褒められるのは悪い気分ではない。


 帰りの道中も魔物を狩りながら、進んでいくがフリーの剣術が加わったことで、百人力の活躍を見せてくれる。


 俺の出番がなくなるほどの活躍に惚れ惚れとしてしまう。


 ムーノなどは、フリーのことを気に入ったのか、頻繁に声をかけていたが、さすがに歳の差がありすぎるように感じてしまう。


「なぁ、ハヤセ」

「何っすか? Mの伝道師さん」

「ムーノ団長は、フリーが好きなのか?」

「普通に会話するっすか? ツッコミはないんすか? しかも恋バナ?! マジにダン先輩のメンタルエアーブレイクに私もドン引きっす」


 最近は何かとハヤセが俺を褒めるようになった。


「そんなにメンタルが強いと褒めても何も出ないぞ」

「褒めてないっす! いや、もうご褒美になっているので、よくわからないっす。どうして私も先輩のことが嫌いにならないのか不思議っす」

「ふふ、二人の愛の力だな」

「いや、マジでキモくて変態っす。一度死んだら治りますか?」


 何やら、短剣を持っているが、その程度の短剣を刺したぐらいで俺は死ねない。むしろ、ハヤセから与えられる痛みはご褒美だ。


「さぁ来い!」

「なんで、ナイフを見てウェルカムになれるんっすか!!」


 ハヤセは、ツッコミながら俺の肩を刺した。


 ふっ、ハヤセの愛は過激だな。

 

「何で嬉しそうなんすか!」

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