第247話 深海ダンジョン調査隊 終

 綺麗な花火が打ち上がり、ハンギョ種が一掃できた。


「ふむ。まだ残党の確認ができていないな。そこの亀」

「わっ、私でございますか?」

「ああ、確か軍師だったな。数名に指示を出して、ハンギョ種の残党が残っていないか見てこい。降伏するなら受け入れて、反抗するなら、好きにしろ。今後、この地域の海域はカリビアン海域と名づけ、我が静かな眠りが支配することを、近くの海域を支配する者たちに伝えよ。戦いを挑む者があれば応じるともな」

「かっ、かしこまりました! 海王リューク様の名と共に」

「いや、名はバルにしてくれ」

「バルでございますか?」

「ああ、海王バルで頼む」

「かしこまりました」


 恭しく綺麗なお辞儀をした亀が、マーメイド族を連れて、ダンジョンを飛び出していく。


「海王様」


 誰もいなくなった深海ダンジョンのダンジョンコアルームは綺麗なサンゴで作られた椅子に座るボクとシェルフだけになった。


 シェルフは椅子から降りて、ボクの前で土下座の姿勢を取る。


「ありがとうございます。妾が愛したマーメイド族は海王様によって守られました」

「どうした? いつものウザい態度は」

「ふふ、妾をウザいと言うのは、海王様だけです。妾の願いは叶いました。今後は、マーメイド族の脅威は全て海王様がお守りしてくださいます。もう思い残すことはございません」


 武器をボクの前に差し出したシェルフは、無防備にその身を晒す。


「この命、どうぞお受け取りください」

「……」

「これまでのダンジョンマスターたちもそうでした。役目を終えて、次に引き継ぐ際に新たなダンジョンマスターに力を受け継いでいきました。どうぞ、妾の命を持って妾の力をお奪いください」


 清々しく全てをやり終えた顔をするシェルフ。

 

 ウザいぐらいにボクへ深海ダンジョンへ来て欲しいと訴えていたのは、マーメイド族の脅威を払うためだったと言うわけか。


「いらん」

「えっ?」

「お前に言っておく」

「はい?」

「ボクは怠惰なんだ。静かな眠りダンジョンは、ボクが怠惰に過ごすために存在している。管理はバルがして、ボクは自分のしたいことを好きにやる。そんなボクが海の中の管理なんて誰がするか。今まで通りお前が管理して、マーメイド族を守れ」


 ボクは溜息を吐くように、提案を突っぱねる。

 

「わっ、妾を殺さないのですか?」

「だから、殺す必要がない」

「ですが、主人様は精霊族と契約をして、力を得られております。我々マーメイド族は女王だけではありますが、力を得られるのですよ」

「殺すだけが契約の方法ではないだろ?」

「もっ、もちろん。それはそうですが、妾のような者を海王様はお嫌いであろう?」


 どこか怯えた様子で、ボクの言葉にビクビクと反応するシェルフ。

 彼女がウザい態度を取ったのも、ボクが殺しやすくするためだったのかもしれないな。


「ああ、ウザい女は嫌いだ」

「キュ〜」


 イルカのような鳴き声を出すシェルフ。

 その声は美しく。


 ボクは立ち上がる。


「お前はあくまでめかけだ。ヒロインたちとは立場が違う」

「それは?」

「ボクを受け入れるか?」

「海王様は、妾でもよろしいのか?」

「歌えよ」

「はい!」


 ボクはシェルフの貝殻を外して、マーメイド族との契約を手に入れる。


 精霊族と同じく、マーメイド族にも契約がある。


「妾の名はシェルフ・マーメイド。マーメイド族カンスとアルエの娘。マーメイドの女王にして、海の歌い手であり、踊り子なり。これよりリューク・ヒュガロ・デスクストスと契約を結び。死が二人を分かつそのときまで、この身を捧げ尽くさせて頂く」


 誰も見ていない二人だけの契約。


 シーラスと結んだ契約と同じく、シェルフはその身を晒してボクに全てを見せ、捧げてもらう。


「契約を行う。シェルフ、お前はボクのものだ」

「妾の全てはリューク様のものです。どのような命にも従い、怠惰なる主に代わって、妾が願いを叶えましょう」


 ボクはシェルフと契約を結ぶことで、一つの力を手に入れた。


《無酸素状態呼吸》


 水の中などの呼吸ができない無酸素状態の環境でも、普通に酸素を自己完結で呼吸することができる。


「シェルフ」

「はい。海王様」


 巨大な貝殻で作られたベッドでシーツを掴むシェルフはまさしく人魚姫に見える。


「少し眠りたい。歌を歌ってくれるか?」

「もちろんでございます」


 ボクはベッドへ横になって、目を閉じた。


 優しい声がボクを眠りに誘う。


 歌だけは、ウザいと感じることなく心地よい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


《side テスタ・ヒュガロ・デスクストス》


 鬱陶しい沼地を走り抜ける馬車に、雨がシトシトと降り滴る。

 戦況は王国が圧倒的に有利であるが、侵攻は止まってしまっていた。


 リューク・ヒュガロ・デスクストス暗殺に対して、皇国側からの正式な正式な謝罪がないことを口実に始まった戦争は、皇国側の沈黙が続いていた。

 だが、五大老の一人である怪童臓腑カイドウゾウフの領土に入ってから、王国兵の不可解な失踪が相次いでいた。 


「よくぞ、大将自ら参った。テスタ・ヒュガロ・デスクストス殿」


 何も戦争は戦いだけではない。

 互いに話し合いの場を設けて、戦いを避ける場合もある。


 我は、使者を立ててカイドウに話し合いをしようと声をかけた。

 それに応じたカイドウが我のもてなしを受けた。


「ゾウフ・カイドウ殿とお見受けしても?」

「いかにも、カイドウ・ゾウフである。皇国では名と姓を逆に言うのだ」

「それは失礼。それではカイドウ殿。降伏か、死を選ばれよ」

「くくく、話し合いを持ちかけておいて、その二択はあまりにもあまりにも。貴殿は吾を殺せると申すか?」

「造作もない。だが、降伏を選ぶであれば、命だけは助けてやろう」

「小童が、笑わせてくれる。吾を沼地のカイドウと知っての言葉とは思えぬな」


 連れてきていた兵士や馬車が地面に沈んでいく。


「その力、狂おしい程に羨ましいな」

「くくく、吾が貴様を沼の底へ沈めてやろう」


 会談のために張られた天幕が沼に沈み始める。


「終わりだ!」

「この程度か?」


 我が魔力を放出すると、沈んでいたものたちが全て元に戻ってしまう。

 代わりに、カイドウが沼地から首だけを出していた。


「なっ! なんだこれは! どうして吾が!!!」

「羨ましいぞ。お前の力、本当に羨ましい。そして妬ましい。嫉妬するほどに」


 グシャ!!!


「進軍を始めよ。目指すは、皇国の首都キヨイである」


 我は沼地を走りやすい地面に変えて、国境の城へ帰還した。

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