第248話 夜の帷
夜の帷が降りると、屋敷は静かな闇に包まれた。
虫すらも鳴かぬおどろおどろしい雰囲気を感じ取ったのか、野生に生きる物たちは近づこうともしない。
武家屋敷の一室に設けられた蝋燭の灯りに、映し出される顔は、皺くちゃな五つの老人。
薄暗い部屋の中であるが故に、不気味な雰囲気を含んでいた。
「どうであった? カイドウ殿」
小太りの老人が呼び掛ければ、王国のテスタと対峙したはずのカイドウが、蝋燭の明かりに顔を近づけて笑みを浮かべる。
「カカカ、吾の式神が瞬殺されたようじゃな。王国も闇の力を持つことがわかったのは、有意義な一戦であった」
沼に埋められたはずのカイドウは、無傷で武家屋敷に訪れていた。
さらには会談場所よりも遥に皇国の皇都に近い武家屋敷にいる以上は、元々テスタとの会談の場所には赴いていなかったことが伺える。
「ふむ。大将を務めるテスタ・ヒュガロ・デスクストスのぅ、我々に匹敵する力を持つと言うことかのぅ」
腰が曲がりほっそりとした老人がのんびりとした口調でテスタを評価するが、五人の老人たちに焦りはなく。
雰囲気としては、久しぶりに味わう戦の匂いに笑みすら浮かべている。
「こちらの戦力はどうなっておる?」
互いに顔元のみが浮かび上がる闇の中で、中央に座る爺が四人に視線を向ける。
威圧が含まれる男は、誰よりも状況を楽しでいることが伝わり、四人はやれやれと声に出しそうな雰囲気を持った。
「ムサシ、コジロウ、ジュウベエ、それぞれ三人の侍大将が出張れば問題あるまい。王国の将には負けぬであろう。吾の泥人形に足止めされる程度の奴らだ。陰陽術も知らぬ輩は手玉に取りやすい」
カイドウの見解に四人は頷いて最後の一人に視線を向ける。
「ハンゾウの予測通りであったと言うことか」
カスミやハンゾウの師に当たる最後の人物は、その両目をずっと閉じていた。
「そうであろうな。ヤマトの奴も、デスクストス家に手を出すのであれば、弟ではなくテスタを殺してくれれば良いものを」
「カカカ、そのような頭があるのであれば、我々の首を取る方が正しいとわかるであろう」
五人はヤマトの行動を笑いあっているが、その目には一切の笑みはなかった。
「ふむ。今後の落とし所を模索することになるが、どうするのだ?」
「親方様が、どのように判断するかであろう。我々は日陰者として、見守ることにしようかのぅ」
「それがええそれがええ」
「カカカ、王国も大したことがないようじゃしな」
五人の老人は蝋燭を消して闇へと溶け込んでいく。
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《sideダン》
戦争が始まった王都からは、貴族が姿を消して、大手の商人たちもいなくなった。
地下迷宮ダンジョンが沈黙して、王都の兵士や騎士たちは、草原の弱い魔物を討伐することだけが仕事になっていた。
「ダン、気が入っていないぞ!」
「すまない。この辺りの魔物では危機感も生まれなくてな」
「討伐して王都を守るのが仕事だぞ」
「ああ、それはわかっているが」
リュークが死んで、貴族派の不穏な動きを警戒したいが、デスクストス家は皇国へ戦争を仕掛ける方向に動き始めた。
内戦どころではなくなったのはわかるが、肩透かしを食らった気分だ。
テスタ・ヒュガロ・デスクストスを総司令官として貴族派は軍を作り、副司令にアクージ侯爵家。後方部隊として、アイリス・ヒュガロ・デスクストスにブフ伯爵家と通人至上主義教会が力を貸しているため。教会関係者も王都から離れてしまっている。
警戒していた相手がこちらに興味を示さなくなった。
商人たちは商売が発展しやすい場所へと情報を得て移動している。
カリビアン領と迷宮都市ゴルゴンの二つの都市が発展を遂げて、商人や職人はどんどん王都を離れていた。
「これからどうなっちまうんだろうな」
「我々のすることは変わらないさ。王都の市民を守る、それだけだ」
「それはわかるんだが、張り合いがないっていうのか」
俺が溜息を吐くと、頭を叩かれる。
「イテッ! あっ、ガッツ様!」
「ダン、何をバカなことばかり言っているんだ。気持ちが弛んでいるぞ!」
「すっ、すみません!」
「それにそろそろ行われる大会が始まるのに、忘れているのではないか?」
「えっ? 大会?」
「はぁ、本当に忘れているのか? 王国剣帝杯を」
「あっ!」
「お前はアーサー様を倒してチャンピオンになると言っていたではないか」
すっかり忘れていた。
日々の仕事に追われて、アーサー師匠との約束を。
年が明け、新年度になり事件が重なって、今度は戦争だとすっかり忘れいていた。
「エントリーは済んでいるのか? すでに開始されているぞ」
「ヤバっ! 今日の仕事終わりに行ってきます!」
「うむ。ダン、死んでしまう者、去っていく者、多くの別れを経験するだろう」
「はい」
「だが、我々には我々で守らなければいけない者たちいるのだ」
ふと、俺の脳裏にハヤセの顔が浮かぶ。
ずっと会えていないハヤセ。
剣帝杯は観覧に来てくれると言っていた。
「気を緩めるな。何があろうと対処できるように己を鍛えよ。そうだな、もしもリュークが生きていたなら、死んでいた間にお前を追いぬたぞと言えるぐらいにはなれ! お前は絆の聖騎士なのだろ?」
ガッツ様に喝を入れて頂き俺は目が覚めた。
「すみませんでした! 新たに王国剣帝杯で優勝をすることに目標にして、鍛え直してきます!」
「うむ。それの意気だ。早速、俺が相手をしてやろう」
「えっ? よろしいのですか? 近衛兵の仕事は?」
「かまわぬ。本日は鈍った体を鍛え直すために、草原に来たのだからな」
「では、お言葉に甘えて」
「来い!」
「私が審判をしましょう。それでは、はじめ!」
ガッツ様に胸を借りて俺は久しぶりに全力で戦うことができた。
やっぱり戦いはいい。
鬱陶しいことを何も考えなくてもいいのだから、漢同士で剣をぶつけ合い。
拳で会話を交わす、俺にはこれがあっている。
王国最強を決める剣帝に俺はなる。
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