第128話 初めての感情

《sideシーラス》


 リューク・ヒュガロ・デスクストから受けた熱烈なラブコールは、あまりにも衝撃的だった。

 彼が私に対して、そのような感情を持っていたなど思いもしなかった。


 あれから彼を見ると顔が熱くなってしまう。

 彼の姿を目で追って、彼に話しかけられるのを避けてしまう。こちらを見ている彼はどこか気怠そうで、辛そうな憂いを帯びた瞳をしている。


 気になって話しかけたい。

 だけど、彼が私と出会った時から、私のことを好きになっていたことを考えると恥ずかしくて近づけない。


 これまで多くの男たちが私を求めてきた。

 だが、その全てを私は受け入れなかった。

 それは怖さもあったが、彼ほどの熱意を感じたことはないからだ。彼は言った、身も心も欲しいと、凄く胸が熱くなる言葉だった。


「シーラス先生。聞いておるかね?」


 学園長の呼びかけで視線を上げれば、筋肉マッチョな青年がこちらを見ていた。


「はい。ガッツ君が講師として0クラスを鍛えてくれる話ですね」

「聞いておるなら問題はない。だが、君にしては珍しいのう。心ここに在らずではないか」

「そう… なのかもしれません」

「シーラス先生。私は私のやり方で、後輩を鍛えようと思います。よろしいですか?」

「指導に関しては君に一任する。大怪我を負わせないようにだけはしてくれ」

「わかっています。私も突破者になりましたからね。手加減はしますよ」


 突破者とは、レベル99に達した者のことを差す。

 冒険者や軍に所属していれば、魔物を倒してレベル99にはいずれ達してしまう。だが、強さとはレベルでは測れない物が存在する。


「それでは」


 私はガッツ君を伴って、教室へ向かった。

 リュークは、今日も自家製魔道具の上で眠っている。

 寝顔は穏やかに見えるが、たまに苦しむような顔をしているのを見ると心配してしまう。


「君たちを見て思う。君たちは弱い。弱すぎる。栄えあるアレシダス王立学園の0クラスとは思えないほどだ」


 ガッツ君の発言に生徒たちの気配が変わる。

 和やかな雰囲気で挨拶をしていたのに、ガッツ君なりに発破をかけているのだろうが、挑発が過ぎるのではないか?


「それは紛れもない事実だ。君たちが全員でかかってきても私には勝てないだろう」

「聞き捨てなりませんわね!あまりにもバカにしすぎているのではありませんか?」


 エリーナが席を立ち、王権派の数名もそれに従う。


「王女様、いや、ここではアレシダス君と呼ぼうか?残念ながら、事実です。あなたは弱い。弱いからあのような寝ているだけの男が首席などに立つのです」


 ガッツ君が指差した先には、魔道具の上で眠るリュークがいた。


「関係ありませんわ!リューク様は努力をされています」

「ほう、王女様のあなたがデスクストスを庇うと?いいでしょう。ならば証明して差し上げよう。皆で私を倒してみてください。私の発言に怒りを感じた者は、全員で協力しても構わない」


 指導方針については、ガッツ君に一任している。

 闘技場に移動した0クラスは、半分ほどの生徒が挑んだ。ガッツ君は、0クラスの生徒たちから受ける剣技や魔法を退けた。


 残されたのは、ダン、ルビー、リベラ、リンシャン、エリーナの五人だ。


「うむ。マシなのは君たちぐらいだな」

「ガッツさん。なんでこんなことを?」


 ダンの質問に、ガッツ君は無表情になる。


「なぜだと?ダン、教えてきたはずだ。

 騎士とは守るための力だ。だが、こうして侵略者が現れた時、君たちは大将1人も守ることができていない」


 眠ったまま闘技場に連れてこられたリュークに視線が集まる。


「何よりもやつをトップとして甘んじている君たちは、弱いと言わず、なんだと言うんだ?

 馴れ合いをしたいならすればいい。

 だが、魔物の脅威から、他人の暴力から、理不尽からは誰も守ってくれないぞ。言葉を発する資格すら奪われて終わりだ」


 ガッツ君は残された五人を吹き飛ばした。


 確かに強い。


 強くて無慈悲で…… 正論と言う現実を突きつける。


「リューク・ヒュガロ・デスクストスを起こせ。貴様らの大将を目の前で倒して、私が貴様たちの性根から鍛え直してやる。地獄だと思えるほど鍛えてやるからな」

「リューク様は体調が優れないのです!」


 リベラ君が起こすことを否定するが、ガッツ君は剣を向ける。


「なら、叩き起こしてやろうか?この場にいる以上、例外はない。成績ランキング1位が病気ならそんな者が君臨していていい席ではない。すぐに誰かが奪ってしまうべきだ」


 ガッツ君から発せられる闘気によって、0クラスの生徒を黙らせる。


「リベラ?」

「申し訳ありません。リューク様はお疲れで眠っていると断ったのですが……」


 目を覚ましたリュークは辺りを見渡して、すぐに状況を理解したようだ。

 彼は頭もいい。状況判断や冷静な思考も持ち合わせている。迷宮都市ゴルゴンで彼の指揮を見させてもらったからこそ理解できる。最近はリュークのことばかり見ていたから、彼の体調が優れない事もわかっている。


 本当は戦わせたくない。


 ガッツ君に任せると言った以上、危険なところまでは止めることができない。


 リュークは戦いを否定しながらも、状況を理解する。


「いいだろう。ルールは?」

「もちろん。何でもありだ。殺すのは禁止。相手が戦闘不能になれば勝ちだ」

「いいだろう」

「それがお前の武器か?面白い」


 やはり彼は受けるだろう。彼は優しいのだ。

 自分のことを貶められても、怒りはしない。

 大切な人を守る時、傷つけられた時、彼は戦うことを選ぶ。


 格上の相手だとわかっていても彼は止まらない。


「行くぞ!」


 ガッツ君の掛け声と共に両者が動き始める。

 魔法を極めた私ですら、2人の動きは追うことができない。目を強化することで、なんとか影だけを追うだけだ。


「凄い!」


 ダンの声が闘技場に響く。

 王権派の人間や、マーシャル家に与している者は、リュークがここまで戦えると思っていなかったようだ。

 普段、寝るために使っている魔道具が、リュークの防具として全身に装備される。


 攻防は一進一退であり、レベル差を考えればリュークの方が優勢と言ってもいい。


 両者は決め手を欠いているように見える。


 先に動きを見せたのはガッツだった。


「ここまでやるとはな。なら、使わないでおこうと思っていた属性魔法を使わせてもらうぞ」


 ここまで肉体強化魔法と剣技だけで戦っていたガッツが、初めて属性魔法を発動する。

《不動》ストップ魔法と言われる相手の動きを止める魔法として知られている。


「ストップ」


 全身を止めるためには相手の魔力を上回らなければならない。だが、一部だけを止めるなら、相手に特定させなければ、属性魔法の効果を発揮することはできる。


「ガッツ君!!!」


 互いに交叉する瞬間。


「……やっと捕まえた」


 息を呑むような底冷えする恐ろしい声。

 魅せられる声。

 胸を締め付けられる声。

 彼を知れば求めてしまう声。


 あぁ、リュークが傷つくと思って声を発した自分が浅ましい。


 彼は…… 弱くない。


 地面に倒れたガッツ君と片手を失ったリュークが立っていた。


 止められたのは左手だったのだろう。

 動かない左手を犠牲にして捕まえたのか?


「ここからは僕のターンでいいよね?」


 どうやらガッツ君には意識があるようだ。

 リュークの声に反応している。


 失ったはずの左手が、魔法で再生されて回復していく。

 そんなことができる魔法を、私は属性魔法以外では知らない。リュークに再生の属性魔法はなかったはずだ。


「さぁ、ショーの始まりだ。無理矢理起こされた憂さは晴らさせてもらうよ」


 動けないガッツ君の四肢が一瞬で破壊された。

 悲鳴をあげる間も与えない速度は、容赦がない。


 ガッツ君もすぐには負けを認めない。

 攻撃を受けては回復を繰り返している。


 ガッツ君の意識がなくなったところでダンが止めにはいった。ガッツ君は見るも無惨な姿へなっていた。


「気は晴れたか?」


 クラスメイトたちは、リュークを戦わせたことに負い目を感じたからか、それともガッツ君を倒した姿に恐怖を感じたからか、リュークを遠巻きに見ていた。


 孤立する彼に、久しぶりに声をかけた。


「全然。こんなことして何が楽しいのかわかりませんね」

「そうか、していることとの差異が凄い発言だな」


 徹底的に痛めつけられたガッツ君は、未だに意識が戻っていない。

 だが、『不動のガッツ』と言う二つ名には、もう一つ意味がある。


 意識が戻れば、彼はすべての傷を治して立ち上がってくるだろう。

 リュークのように瞬時に意識を刈り取らなければ勝つことは難しい。


「先生が契約してくれれば、もう少し手加減ができたと思いますよ」

「うっ、まっ、まだ考え中だ」


 もう、自分の心は決まりつつある。


「そうですか……」


 寂しそうな顔を見せてくるのは狡い。

 胸が締め付けられてしまう。

 私は今まで生きてきた中で、初めての感情を味わってしまっている。

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