第107話 トラウマの解決方法

《sideメルロ》


 私の名前はメルロ…… これでも鍛冶師歴はすでに30年を越えている。

 ドワーフの寿命は通人よりも長くて、人生200年と言われ、ドワーフの世界じゃやっと成人を迎えた程度の年齢でしかない。


 そんな私の人生は全てを鍛冶仕事に捧げてきた。


 生まれたときから両親の側で鍛冶仕事を手伝ってきた。

 私は、それ以外のことを知らなかったと言ってもいい。

 そのせいで男への免疫が全く無くて、初めて親父が男の弟子を取ったとき、私はそいつからイタズラされそうになった。


 男のことを知らない幼い私に、強引にキスをしようとしてきたんだ。


 恐怖しかなかった。だから、そいつの顔面をぶん殴ってやった。そいつは私に殴られて、泣き叫んで逃げていった。


 それから20年経っても、私にとってその出来事はトラウマであり、男に恐怖を抱くようになっちまった。

 男が近づくと殴り飛ばすようになった。


 だから、この歳まで結婚もしないで、一人で鍛冶仕事をしてきた。


 ……人生が狂いだしたのは半年前だ。


 私の鍛治師として腕が一人前になり、自分の作品が発表できるようになった頃、仲良くしている女性冒険者からオーダーメイドの剣を頼まれた。


 私史上、最高の出来だと自負している。


 だが、その最高傑作を友人である女性冒険者に渡す前に、ゴードン侯爵に見つかっちまった。

 迷宮都市ゴルゴンは、確かに税を納めなくてもいい。

 その代わりに最高の作品ができたとき、ゴードン侯爵が欲すれば差し出さなければならない。


 私はそれを拒否して、女性冒険者へ渡した。


 それが間違いの始まりだった。


 ゴードン侯爵は、普段は寛容な方だが、唯一決められたルールを破った者には容赦がない。

 私に関わった者は全て取り締まられた。私の全財産も没収された。


 私が作った最高傑作も、女性冒険者と共に失われた。


 素直に渡していれば、仲の良い鍛冶師たちも、女性冒険者にも、不幸が起こることはなかったのに……


 強欲のゴードン。


 私は、どこかでゴードン侯爵のことを優しい甘い人だと舐めていた。


 死のうと思ったが、ゴードン侯爵はそれすら許さなかった。呪いなのか、私は自分の意志では死ぬことができない身体へと造り替えられた。


 鍛冶仕事をしても売る相手がいない。

 売れなければ材料は買うことができない。

 材料が手に入らないなら、鍛冶もできない。


 全てを奪われた私はスラムへ流れついた。


 毎日、どこかのアホを殴って酒を奪い…… 


 生きる屍になった。


 そんな日々が続いているとき……あの人がやって来た。


「なるほどな!シロップ。何も間違っていないぞ」


 男性とは思えないほど美しい顔は、男だと判別がしにくいから、怖いのか、恐くないのか私にもわからない。

 酒になんて酔っていない、酔っていないはずなのに、マトモに顔が見れない。


「ヒッ!あっ、悪魔!キレイな悪魔!!」


 笑ったらますますキラキラして直視できない!


「メルロ!お前は今日からボクの物だ」

「ヒッ!」

「スリープ!」


 私は魔法で眠らされて、次に目が覚めたとき綺麗なベッドの上で目を覚ました。


 何時間寝ていたのか、景色は見慣れたスラムのボロボロな天井ではなく、ホテルのスイートルームのような豪華な部屋だった。


「気がついたか?」


 声をかけられた先を見れば、眩しく光輝く美しい男がいた。明るいところで酒が抜けた今見るとやっぱり恐くて、布団を頭から被り直した私は身体を震わせる。


「おっ、オドゴがワダスになんのようだべ!やっ、やめてけろ。ワダスはオドゴがダメなんだ!」


 つい、子供の頃の言葉使いが出てしまう。


「ああ、確かそういう設定だったな。それを治す方法は」


 男が何かブツブツと言い出して、だんだん近づいてくるのが気配でわかった。


「メルロ!」


 布団を剥ぎ取られて、ワダスは思いっきり殴り付けてやろうと拳を握った。


「ヤメレ!!はっ!」


 ワダスの拳は男の腕に防がれて、ベッドへ押し倒されてしまう。


「ボクの勝ちだ!お前はもうボクの物だ」


 組み伏せられてワダスの操は終わるんだな……


 だども…… こんなメンコいオドゴなら……


「イダッ!」


 ワダスが覚悟を決めだのに、オドゴはワダスから離れていった。


「ふえ?」

「もう、男は大丈夫だろ?」


 オドゴに言われて、ワダスは自分の変化に気付いた。


「あっ、あれ?恐くね?ワダス、オドゴを見てるのに恐くねえよ」

「ハァ~お前が恐れていたのは、男じゃない。

 お前の力に対抗できなくて、簡単に泣いて逃げた弱い男だ。お前は昔から力が強くて、男を簡単に倒してしまう。そんな自分自身の力にトラウマを持っていたんだ」


 ワダスが男を倒してしまうのを恐れていた?確かに、目の前にいるオドゴはワダスよりも強い。

 この人になら全てを任せて大丈夫だべ。安心したと思ったら急に気持ちが楽になったよ。


「まぁ、本人はまったくそれに気付いていない設定だったからな。でっ?どうだ?まだボクが恐いか?」

「……ごわぐね。全然大丈夫だよ」

「本当にこんな方法で治るんだな。攻撃を防いで押し倒すって、さすがは大人向けゲームの設定だ」


 何を言っているのかはわがんねぇが…… この美しい人は、強いオドゴなんだ。


「さっきも言ったが、今日からお前はボクの物だ。いいな?」


 この人の物…… 

 なんだろうね……


 胸がホッコリと熱くなって嬉しいって、思ってしまうんだ。


「んだ。ワダスはあんたの物だ」

「よし、なら風呂に入れ。臭うぞ」


 デリカシーがねぇべ!女に臭うなんて……ちっと、一週間ほど風呂に入らなかっただけどよ。


 鍛冶仕事をしていれば当たり前だべ。


 だども…… 人の物になったんだべ。


 キレイにすっか…… ワダスはオドゴの物になったんだべな…… 誰かの物になるって、嬉しいんだな。

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