第282話 王国剣帝杯 終

《side実況解説》


《実況》「いよいよやってまいりました。王国剣帝杯決勝戦。いったい誰がこのカードを予測したと言うのでしょうか?」

《解説》「今回の王国剣帝杯も存分に盛り上げてくれましたね」

《実況》「それでは決勝戦の対戦相手の入場です!!! 数多の強者から攻撃をその身に受けながら、笑顔で立ち上がってきた男。もうこの男を駄犬などとは呼べない。決勝に上がった強さは前回剣帝アーサーを倒す実力を見せた。

 

 絆の聖M騎士 性犬ダン!!!!!」


 控えの間が開いて、上半身裸のダンが現れる。

 準決勝にて剣帝アーサーに鎧を溶かされ、四肢を粉砕されながらも魔法によって回復したダンが現れる。


《解説》「その打たれ強さを活かした戦い方は、異常にも映りますが、強さは本物です」

《実況》「続いては、剣帝アーサーを彷彿とさせる見た目と剣筋。全てが謎に包まれながらも、その容姿に魅力された観客は少なくないでしょう。謎の美少女・流浪の剣士フリー!!!」


 控えめの間が開いてフリーが現れる。


《解説》「圧倒的な剣術を持って、準決勝では戦争請負人ディアスポラ・グフ・アクージの糸を全て切り裂いて勝利をもぎ取った」

《実況》「アクージ選手は、手を抜いているようにも見えましたが、強さに疑いはないでしょう」


 最初からフードを脱ぎ放ったフリーが現れると歓声が上がり、観客の声援が一丸となる。


《解説》「人気の差は圧倒的ですね」

《実況》「ダンも一部の人間には受けているようです」

《解説》「そうなのですか? なかなかにマニアックですね!」

《実況》「それでは、今年度の王国剣帝杯決勝戦! 開始!!!」



《sideアーサー》


 俺は自らが育てた弟子と、実の娘が戦う姿が見れることに誇らしさと気恥ずかしさを感じていた。

 自由の民と言われる俺たちは、決められた国を持たない。

 己の力と、知恵を持って生きている。


 そんな民族の女に惚れて、生まれたのがフリーだった。


 まさか、俺が自分と同じ部族の女と恋に落ちるなど考えもしなかった。

 自由の民として、気ままに生きる俺が娘を愛する日が来るなど考えたこともなかった。


 女と俺が暮らしていたのは短い期間だった。


 結局、俺は自由の民の中でも異質な存在であり、一つのところに留まる事ができなかった。

 

 娘のフリーには、俺の剣術を七歳までの間に全て叩き込んだ。俺が娘に残せる物が技と武器だけだったからだ。


 それ以外には何も持たない。

 俺にとって譲れる物はそれしかなかった。

 フリーが全ての技を習得して、フリーが魔物を狩れることを確認してから姿を消した。

 

 それから、数年でフリーは俺の前に現れた。


 王国剣帝杯に出られるほど強くなって。

 それも、フリーと別れた後に出会ったダンと決勝で戦うとは因果な話だ。


「決勝戦が終わったら、挨拶でもしてみるか?」


 フリーには恨まれているかもしれない。

 どこかで戦うタイミングがあれば、そこで話をしてもいいと思っていた。

 剣をぶつけ合えば、フリーの心がわかるはずだ。


「失礼」

「うん?」


 決勝を生で見るために闘技場の地下で、二人の戦いを見守っていた。


 そこへ一人の男が現れる。


「お前は確か、戦争請負人ディアスポラ・グフ・アクージだったか?」

「ええ。元剣帝殿に覚えて頂き光栄にございます」

「何か用か?」

「少しばかりムシャクシャしておりまして、お付き合い頂けないでしょうか?」

「おいおい、腐っても元剣帝様だぜ。無言で襲いかかってこいよ」

「それはそれは失礼しました。ですが、死を迎える方に不意打ちは卑怯でしょ?」

「おいおい、お前は俺を殺せる気でいるのか?」

「殺せない道理がございません。なぜなら、私の方があなたよりも強い」


 無数の糸が闘技場地下に張り巡らされる。


 室内である以上、糸を張る壁は闘技場よりも多くあり、糸の性質を生かしやすい。


「何が目的だ? 俺はもう剣帝じゃねぇぞ。今更俺の命をとったところで意味はない」

「ふむ。先ほども申し上げましたが、ムシャクシャしているからですよ。私はアクージ家の命を受けてベルーガ領へ参りました。ベルーガ辺境伯領に混乱を招くためです。また、混乱を起こしてくれる方々に便宜を測るため、色々なお手伝いをしたというのに。帝国の第四席殿は不甲斐ない方でした。このまま何もなく王国剣帝杯が終わってしまうなどつまらないでしょ?」

「要人を狙えないから俺を殺すってか?」

「ええ、今更、ベルーガ辺境伯を襲っても滑稽だ。かと言って王太子はまだ使い道がある。では、この大会が終わった後に死んでも問題はなく。話題に上がる人物はあなたぐらいでしょ?」

「簡単に行くと思うなよ」

「いえいえ、むしろ楽しませてください。あなたの炎で、私の糸が切れますか?」

「娘に斬れた糸が、父親に斬れないとでも?」


 俺はその身に炎を纏い、剣は熱く燃え上がる。


「ああ、娘さんでしたか。とてもお美しい方ですね。私、殺さないように手を抜くのが必死でしたよ。あなたが準決勝で負けなければ、決勝の舞台で華々しく殺してあげたのに、あのような平凡な騎士に負けるなど。情けない」

「……平凡か。お前は何もわかってねぇな」

「はっ? 何をでしょうか?」

「あそこにいる二人は、俺の弟子だ。どっちもまだまだ強くなる。お前は発展途上のアイツらを見たに過ぎない」

「そういうことですか。ですが、芽は育つ前に摘むものです」

「やらせねぇよ」


 吹き荒れる炎は、張り巡らされた糸を溶かして通る。


「お前には試合の剣じゃなくて、俺本来の剣を見せてやるよ」

「それは実に興味深い」

「秘奥義 煉獄炎舞」


 地下闘技場が火の海に飲まれ、アクージを炎のリングが囲い込む。

 吹き荒れる炎は次第に間隔を狭くして二人に迫る。


「この炎が中央に集まる時、お前を焼き尽くす」

「それは随分と気の長い話ですね」

「そうでもないさ。時間にして五秒だ」


 話している間にも炎との距離はなくなり、煉獄がアクージを襲う。俺の炎舞が隙間を埋める。


「これが剣帝アーサーの秘奥義。確かに強い」


 アクージが着ていたスーツは焼かれ、全身に傷を負った体が現れる。


「相当に鍛錬をした体をしてやがる。しかも、俺の秘奥義で焼けたのは服だけかよ」

「私の服を焼いたのはあなたが初めてですよ。この傷は幼い頃のものです。成人してからは、傷を負ったことなどありません。誇って良いですよ。私の服を焼き、肌に火傷を負わせたのですから」

「そうかよ」


 俺は秘奥義が通じなくても、動じることはなかった。

 自分よりも強い敵など何度も相手にしてきた。

 それこそ数え切れないほどの化け物も、強者も倒してきた。


「光剣、爆炎、業火」


 次々と技を繰り出しながら、アクージを見定めていく。次第に互いの傷が増え始めて、体力が削られていく。


「くっ!」

「おやおや、連日の激戦で体力を奪われていたようですね。それにあなたの技はご自身の体に相当な負担がかかるようだ。あなたの娘さんは、その辺を考慮して、自分流にアレンジしていましたよ」

「おう、自慢の娘だ。七歳で俺の技を全て覚えた天才だぞ」

「そうですか。なら思い残すことはありませんね」

「何?」

「先ほどから、私が何もしていないとでも思ったのですか?」


 アクージが人差し指を引く動作をする。

 俺は警戒していたが、突然胸に痛みが走り、穴が空く。


「なっ!」

「あなたの心臓は私の糸が捕えました。これにて私の仕事は終わりです」

「グフッ!」


 立ち去っていくアクージとは別の方角に俺は視線を向けた。


 そこには二人の弟子たちが雌雄を決する姿が映っていた。最後まで見れないまま、俺の視界はブラックアウトしていく。



《side実況解説》


《実況》「なんと、なんということでしょうか? 先ほどまで何度も打ち合っていた二人が距離をとった瞬間。ダンが倒れた」

《解説》「何が起きたのでしょうか?」

《実況》「倒れた後も、這ってでも戦おうする姿はまさしくゾンビ! それを害虫を潰すが如く剣で叩くフリー! おっと! 股間に剣がクリティカルヒットして悶絶している! しかし、ダンの顔は恍惚として見えます。美少女に殴られて喜んでいるのか?」


「キモっ! 死ね! 変態! 」


 フリーは剣では決着がつかないと判断して、唯一使える魔法を放った。


属性魔法気絶


《解説》「やはり女性に対しては滅法強い! しかし、あれだけの痛みを感じて立ちながらに気絶したというのでしょうか?」


 立ったまま剣を突き上げ、恍惚とした表情で気絶するダン。

 審判が歩み寄って、気絶を宣言する。


《解説》「恍惚とした表情を見せるのは真の変態!!!」

《実況》「立ちながらに気絶。さらに真の変態として覚醒を遂げたダン。これはまさしく、気絶しても諦めない、Mの伝道師と言えるでしょう」

《解説》「負けても二つ名を増やすとは……Mの伝道師ダン。敗北」

《実況》「これにて王国剣帝杯決勝戦決着!!!!勝者は流浪の剣士フリー!!!」


 多くの戦いを繰り広げた王国剣帝杯は、こうして幕を閉じた。


 王国剣帝杯、優勝者、新剣帝フリーの名が知れ渡ると同時に。


 その陰で、剣帝アーサーの死が王国全土に知れ渡った。

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