第124話 深淵を知る魔女 前半
《sideシーラス》
授業を終えて、私は研究室へと戻ってきた。
いったい何年…… 続くのだろうか?
私の時は悠久ではない。
だが、友人だった者、同僚だった者、生徒だった者、彼ら通人族は、私よりも歳を早く取って去っていってしまう。
生徒はまだいい。
卒業してしまえば、そこで終わりなのだから……
だが、恋人や家族になる者が去ってしまったなら……
それが怖くて私は永遠を捨てたいと何度思ったことか……
だから、私はこの200年、恋人を作ったことがない。
自分が臆病な存在であることはわかっている。
同じ精霊族の者に結婚を申し込まれたこともあった。
だが、彼らの生き方は、私には合わないと思った。
森と生き、森と共に死んでいく。
それは穏やかで……面白みのない日々。
魔法を知り、知識を増やし、深淵を知ると言われるようになり、通人たちから賢人と崇められ、彼ら通人と共に研究をすることが、すごく楽しくなっていた。
通人族は寿命が短く、長い研究はできない。
だけど、その一瞬を真剣に考えて考え抜いて、工夫をして発展させていく。
その発想は私にはない考えで、彼らの輝きを見ているのが好きだった。
だけど、もう200年だ。
ずっと見てきて少し疲れてしまった。
私にはいつ終わりが来るのだろう?
ずっと私は誰かを見送るだけで、この思い出だけを抱えて一人で生きていかなければならないのだろうか?そんなことを考え始めた頃。
二人の男子生徒が入学してきた。
一人は、通人たちが作り出した国の中で公爵位の家系に生まれ、問題児として呼ばれて、入学してきたリューク・ヒュガロ・デスクストス。
一人は、平民でありながら、荒削りの魔法と鍛えられた身体能力で0クラス入りを果たしたダンだった。
二人は対照的なはずなのに、見ているとどちらも危うく見えてしまう。
目を離すと、どこかに飛んでいきそうな二人だった。
リュークの周りには人が集まり、何か企みをしているんじゃないかと警戒していた。
彼を知れば彼自身に野心がない人物だと理解できた。
ただ、やる気がないだけで、才能には恵まれている。
彼は自分の才能によって負担を抱え込んでしまうタイプだ。人柄は心配する相手ではなかった。
それに対して、ダンはガムシャラに強さを求めて、放って置けない存在として見るようになった。
ダンは強くなりたい。魔法を知りたい。リュークを倒したいと強く願っている。
誰かへの対抗心は悪いことではない。
私はこれまでの生徒と同じように指導を開始した。
驚いたのは、飲み込みの早さだ。
教えたことを素直に取り入れることで、ダンの成長は著しい。
それでも、彼が目標にしているリュークを見るたびに、ダンの目標が大きすぎると毎回思わされた。
それは魔道具を自分で作り出した時に、はっきりとした違いになった。
リュークが作り出したバルと呼ばれる魔道具は、私でも作れない。便利さを追求している天才だけが作り出せるアイテムだ。
さらに、剣帝杯、迷宮都市ゴルゴンと、二人の魔力や戦闘の動きを見せてもらった。
リュークは天才。
ダンは凡才。
ダンが努力を続けても、天才が努力をしていれば追いつくことはできない。
決定的な出来事が起きたのは、迷宮都市ゴルゴンの50階層に現れる黒龍だ。
あれは長らく倒せる者が現れていなかった。
昔に、勇者と言われる冒険者が倒すのをパーティーメンバーとして見たことがある。あの黒龍は普通の魔法では倒すことができない。私は一人では勝てない。
それを数十年ぶりに成し遂げた人物が現れた。
もしかしたら、ダンが…… 私はそんな淡い期待を持っていた。
だが、ダンが目を覚まして話を聞くと、黒龍を倒したのはリュークとリンシャンだという。
意識が曖昧なダンが見た光景かはわからないが、二人が剣を持って黒龍を倒す姿はかつての仲間を思い出す。
リューク・ヒュガロ・デスクストスは、私でも成し遂げられないことを成し遂げた。
それは誇らしくもあり、また自分とは関係ないところで、成功させた寂しさを感じる自分がいた。
私は彼にとって必要ない人物であり、一教師として忘れ去られていく存在なのだろう。
そう思っていた。
「シーラス先生。少しお時間を頂けますか?」
そう言って、リュークから声をかけられた私は驚いてしまった。
一年次の時は、いくら呼び出しても応じなかった。
リュークが、自ら私に用事?これは何かあるのかもしれない。
警戒を強めておく必要がありそうだ。
「何の用だ?」
「先生にお願いしたいことがあるんです。できれば、二人きりで話せる場所がありがたいです」
二人きり…… ますます怪しい。
何を企んでいるんだ?
「ここでは話せないことなのか?」
「ええ。契約についてです」
私は、リュークから出てきた言葉に息を呑む。
精霊族にとって契約とは…… 生涯の忠誠を誓うことを意味する。
それは伴侶よりも近い愛の告白としての意味が重く。
また、自分の力の一端や生命を分け合うことを意味する。
彼が何を求め、私に契約を口にしたのか聞かなければならない。
「わかった。私の研究室に放課後に来てくれ」
「ありがとうございます」
天才が何を考えているのか……
知りたいと思う心が私の知的好奇心を刺激した。
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