第114話 塔のダンジョン 45日目

《sideリンシャン・ソード・マーシャル》


 修学旅行も半分が過ぎて、私たちが進める限界を迎えようとしていた。

 40階層のフロアボスは今の力では勝てなかった。


 もしも、逃げることが出来ないダンジョンだったなら、私たちは確実に殺されていただろう。

 フロアボスがいる場所まで到達することが出来たのは、エリーナがリュークから、魔物の倒し方を聞いてきてくれたからだ。


 私は…… 未だに素直にリュークの下へは行けていない。


 こちらに来る前はリュークの助けをするつもりだった。

 だけど、リュークには私の力なんて必要なかった。

 リュークはどんどん一人で進んでいってしまう。

 少しでも役に立ちたいと思って、リュークがいないチームでダンジョンを攻略しようと思っていた。


 それなのにリュークの助言のおかげで、ダンジョンを攻略出来ていた。

 エリーナがリュークから聞いてきた攻略方法を実践すれば、攻略できてしまう。

 それでも攻略出来ないときは、私たちのレベルが不足しているだけに過ぎない。


 エリーナは随分と変わったと思う。

 リュークから《人の気持ちが分かるリーダーになれ》と言われてから、変わる努力をしている。

 表情が柔らかくなり、傲慢な自信を失って、代わりに穏やかな何かを見つけたようだ。


 私の存在とは、いったい何なんだろう?

 リュークはの元へ来いと言ってくれた。


 その言葉をそのまま聞いて…… 私はリュークの元へ行ったとしても何かが出来るとは思えない。


 エリーナはリュークの代わりに、リーダーの役目をすることを選んだ。

 リベラは、魔法の研究者としてリュークの助手をしている、

 ルビーは戦闘でリュークと肩を並べて、ダンジョン攻略でも活躍している。

 ミリルは学問と献身的な態度で、リュークの助けになるため、医術という難しい分野に身を置いている。

 アカリは商売という他の者ではできない力を示した。


 それぞれ自分の役割を持ってリュークの側にいる。


 私は、私にしか出来ないこととはなんだ?ハッキリと私がリュークのためにできることが思いつかない。


 二年次が始まる前にダンに言った言葉が、今は自分自身に返ってきている気がする。

 大罪魔法を持つリュークに、追いつく力が私にはない。


 私はリュークを思うことで強さを手に入れた。

 領域を越えるためにレベルも上げた。


 ただ、リュークは私に強さを求めているのだろうか?今一歩、何かが足りない。


「姫様」


 フロアボスを倒せなくて、ダンジョンから脱出した私にダンが声をかけてきた。

 この一ヶ月半で、一番成長したのはダンだ。

 エリーナも、リーダーとしての資質を開花させつつある。

 だが、ダンはリュークが示した道に従って新たな力を手に入れたことで急成長を遂げていた。


 私には無い新たな力……


「ダン。どうした?」

「今日はおしかったな。もう少しでフロアボスを倒せたと思うんだ」

「そうか、頼もしいな」


 前衛を務めるダンは、敵の攻撃を受ける《不屈》の魔法を使ってくれている。

 ダンの心が折れない限り、攻撃を受け止め続けることが出来る魔法は防御に特化しており、どんなダメージもダンが耐えてくれる。


「なぁ、姫様」

「なんだ?」

「好きな奴がいるのか?」


 ダンから発せられた言葉に、私は胸が締め付けられる思いがした。お父様から言われていただけだが、ダンと将来結婚すると、私はずっとそう思って育ってきた。

 その相手である。ダンから好きな人がいるのかと聞かれた私は言葉を詰まらせた。


「……」

「前に、エリーナが言っていただろ。婚約者がいるのに好きな人がいるって」


 今日まで…… ダンはそのことを触れなかった。

 だから、聞こえていなかったのではないかと思っていた。聞こえていないなら、私がリュークの元に行かなければ、何事もなく終わることだと思い始めていた。


 ゆっくりと目を閉じて、私はどう答えたらいいのか考える。


「……姫様。俺はさ、まだ色恋のことはわからないけどさ。好きになるってどうしようもないんじゃないか?」

「えっ?」


 私が考えて、何を言えばいいのかわからなくなっていると、ダンの方から話題を変えてくれる。


「俺はまだ、誰かを好きになったことはない。俺の中にはリュークに勝ちたいって気持ちが今一番強い。恋なんてしてる場合じゃないんだ。

 新しく手に入れた力も、リュークが導いてくれた力だ。

 だから俺は、リュークに勝って初めて言える言葉があると思ってる」

「勝って言える言葉?」

「ああ、友達になろうってさ」

「友達になろう?」

「恥ずかしいけどさ、俺はあいつを尊敬してる。最初は色々あって誤解していたけどさ。姫様もそうだろ?」


 ダンが私を見る。その瞳には私を疑うような陰りはない。


 だから、私も素直に思える。


 リューク・ヒュガロ・デスクストスを、デスクストス家の息子というだけで敵対していた。

 ダンの方が早く違うと気付いて、私を叱ったんだったな。


 それから私はリュークを見るようになって、いつの間にか……


「ああ、そうだな。私たちは奴を誤解していた」

「だろ?だから、勝ったら奴に言うんだ。どうだ、お前と肩を並べたぞ!これからは友達として、よろしくなってさ」


 ダンは、ダンで色々考えているんだな。


「私は、自分の価値ばかり考えていたが、ダンは成長して目標を持っているんだな」

「まぁな。姫様にも二年次になるときに叱られただろ?あれは結構堪えたんだぜ。まぁ、今なら攻撃を受けても耐えられるから負けねぇけどな」


 確かに今なら勝つためには、ダンを殺さなければならない。それはもう勝負ではない。だから、私はダンには勝てない。


「そうだな。今のお前は強いよ。私では勝てない」

「おっ、そっ、そうか。へへ、なんだか嬉しいぜ」


 照れたように笑うダン。

 つい、一年前ならそんな顔をするダンを見て心が和らいだ。今の私はダンの顔を見て、胸が締め付けられる。


 ダンの顔を見ていても、リュークを思ってしまう。


「なぁ、姫様。俺の力は絆を強めれば力を増すそうなんだわ。俺と姫様は、子供の頃からの付き合いだろ?だから、力を合わせれば、この聖剣本来の力も引き出せると思うんだ。絶対に勝てないボスと戦うとき、力を貸してくれるか?」


 素直で、真っ直ぐに私を見つめるダンの瞳に曇りはない。


 私は……


「ああ、まかせろ」


 そういうことしかできなかった。


「頼んだぜ。相棒」


 拳を突き出すダンに、私も拳を当てた。

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