第257話 美しき街 ベルーガ
マーシャル領を越えると景色が一変した。
ベルーガ領に入るためには、他の領よりも厳しい検査を行われ身分を明らかにしなければならない。
そして、検査を終えて門を越えると綺麗に整備された人工的な道が整備されていた。
マーシャル領が雪と森に囲まれる発展が難しい領地だったのに対して、ベルーガ領は、自然との整備が完璧に行われた人工的な世界が広がっていた。
ベルーガ領と迷いの森との間には、石で作られた壁が魔物の侵入を阻み、地面には石畳の道路がしっかりと整備されていた。
「なんだか別世界に来たみたいだね」
「ああ、こんなにも綺麗な領は初めてかもしれないな」
迷宮都市ゴルゴンは、塔のダンジョンを中心に、職人たちがゴチャゴチャと入り乱れているような街だった。
王都も綺麗に整えられた城郭都市だが、都市だけで王都から一歩出れば草原が広がり道は土のままだった。
カリビアンも綺麗な領ではあるが、リューの発展が見られるだけで他の地域はまだまだ田舎の港町といった様子が抜けきれていない。
だが、ベルーガ領は領境を超えた何もない道路から整備されている。
建物は見張りを兼ねて道路沿い間隔を空けて建てられており、ベルーガ領の主となる街ヒレンに近づけば、街は城郭都市のような壁はなく、綺麗な街並みが広がっているのがわかる。
それが何を意味しているかといえば、魔物の姿が見えないのだ。
「ここまで魔物が襲ってくることがなかったにゃ」
「ああ、領境から街までの街道にも魔物が出なかったな」
ダンジョンとして、支配されているわけでもない。
ただただ、環境整備が行き届いている。
それは領主の力量と、領民が魔物を排斥できるほどの戦闘力と統率力が高いことを意味している。
ヒレンの街に入っていくと、目を引く中央にある建物だ。
「あれが闘技場?」
「そうだと思うぞ。ベルーガ領最大にして、王国最大の闘技場コロッセウムだ。今回は王都全域で視聴できるように、モニターが設置されることになっているそうだ」
学生剣帝杯で使用されたモニター制度は好評で、今回の王国剣帝杯でも採用されることになった。
これにより他国からの参加者に対しても、不正がやりにくくなって平等な戦いが行えるようになっている。
ベルーガ領に入るに辺り、タシテ君から伝えられた情報だ。
もちろん三人には共有して、地図なども受け取っている。
石で作られたコロッセウムは、ドーム場の建物で、見上げるほど大きい。
「凄い建物だね」
「ああ、見上げてしまうほどだ」
都会にやってきた物珍しさのように建物を眺めていると、人の気配が近づいてきた。ズラしていた仮面を付け直して振り返る。
「ようこそ。我がベルーガ領へ」
ボクらが、領境を超えたことで連絡が入っていたのだろう。
領主自ら出迎えてくれるとは、どうやらあの手紙は嘘ではないようだ。
「オリガ様! お久しぶりです」
リンシャンが前に出て挨拶をしてくれる。
ボクは冒険者バルとして、口を挟むことはない。
「ええ。リンシャン、久しぶりね」
紫のドレスを纏ったオリガは、エリーナやアイリスと並ぶ美貌を持つ。
テスタと同じ歳で、気品と強さを併せ持つ優雅な出立ちをしている。
その後ろに従う、小柄なローブを纏った従者にボクは意識が向いてしまう。
「今回は、王国剣帝杯の中でも大規模なものにするため、いつも以上に工事が進んでおります。まだ完成前なため中に入ることはできません。良ければ我が屋敷にいらっしゃいませんか? お茶でもいかがです?」
オリガ・ヒレン・ベルーガの申し出にどう答えたものか、リンシャンが僕を見る。僕は構わないとうなずいた。
「ありがとうございます。申し出をお受けしたいと思います」
「ふふ、こちらこそありがとうございます。一つ、お願いがあるのですが、私と従者も、そちらの馬車に乗せていただけないでしょうか?」
リンシャンはまたもボクを見るので、ボクは頷く。
「ええ。構いません」
「ありがとうございます」
ボクらが先に乗って、後からオリガ様と従者が乗り込んできた。
バルニャンによってクッション性を保っている馬車の中に、オリガは驚いた顔をしていた。
整備されていると入っても、石畳の上を馬車で走れば上下に激しく揺れるものだが、バルニャンのおかげで一切の揺れは起きない。
「本当に凄いですね。ふふ、ここならば誰にもバレることなくお話ができますね。改めて、リューク・ヒュガロ・デスクストス様。オリガ・ヒレン・ベルーガにございます」
馬車が走り出すと、オリガは両膝をついて頭を下げた。
それに倣うように従者も同じ姿勢で頭を下げる。
「手紙は嘘ではないということか」
ボクは仮面を外してオリガに素顔を見せた。
死を偽装したことが上位貴族にバレていることは、それほど悪いことではない。むしろ、気づけていない上位貴族には悪いが、気づいた上位貴族たちが凄いと思っている。
「はい。それと預かっていたものをお返しします」
「預かっていたもの?」
ボクの問いかけに、オリガは後ろに控えるローブを被った従者のフードを取り払った。
「旦那様!」
そこには涙を浮かべ喜びを見せるココロがいた。
ボクは立ち上がってココロに近づいて、頭に手を置いた。
「よく無事で、ここまで頑張ったな」
声をかけるとココロは涙を溢れさせてボクの胸へと飛び込んできた。
ここまでずっと我慢してきたのだろう。
家族や国を捨て、ボクのためにここまでしてくれたココロには報いてあげたい。
「オリガ殿」
「はい」
「ココロを救っていただきありがとうございます。今回の件で、ボクにしてほしいことがあれば協力することを約束します」
「ふふふ、いいのですよ。あなたと私は家族なのですから」
「家族?」
「ええ。あなたのお母様は私の叔母になるのですから」
ボクはリュークの実母を知らない。
だから、家族としての実感は持てないが、ココロのことで感謝はしている。
「ゆっくりでいいのです。どうか、曽祖父にも会ってあげてください」
「それが望みであれば、いくらでも」
ボクはココロを救ってもらったお礼をするために、ある程度要求を飲むつもりである。
「ありがとうございます!」
ボクらはオリガ様の話を聞きながら、屋敷へと向かうことになった。
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