第192話 まだ負けてない

【sideメイ皇女】


 個別練習室の扉が閉められて、私は全身から力が抜けるように脱力しました。

 魔の者と対峙するのはこれが初めてではありません。

 どの国にも魔に属する一族は存在する。それらがどのような意図でこちらと接触しているのかを知り、対応しなければなりません。


「ふぅ、どうでしたか、ヤマト近衛隊長」

「皇国に棲む魔の物たちと同等か、それ以上かと」


 私は先ほど威圧によって締め付けられた首元に触れて息を吐きます。

 魔の物を退治したことがある私としては、リューク・ヒュガロ・デスクストスの魔に染まる度合いを見るつもりで刺激をしました。

 予想以上の実力を持っていることを確認出来たことは収穫でしょう。


「そうですか、思っていた以上に厄介かもしれませんね。デスクストス公爵家」

「わかっていたことでは?」


 先ほどは圧倒されているように見せていたヤマトも衣服を整えて立ち上がる。


「そうですね。ですが、長老たちを相手にしているようでした」

「ええ。思っていた以上ではありました」


 皇国も一枚岩ではない。

 皇族であるキヨイ家とそれを支える五人の長老衆。

 彼らとの総意で国の方針が決められていく。

 長老衆のこと五大老と呼び。皇国のダンジョンは五大老の管轄になる。


 老人とは思えない力を持つ彼らこそ、皇国に住まう魔に魅入られた者達に他ならない。だが、時として魔に魅入られた者達であっても力は使いようなのだ。

 彼らの子孫から派生した力こそが陰陽術であり、我らの現在を支える礎となっている。


「武装鎧神楽があればあのような魔の者に遅れをとりませんのに」


 武装鎧神楽は、特殊専用鎧という形式であり、自身の陰陽術を鎧を通して何百倍にも強めることができる。もちろん、代償は伴うので精々二倍か十倍まで高められれば熟練者と言える。

 魔の者に対抗する力を得られる鎧であることは間違いない。


「陰陽術は、どうしても準備が必要になりますからな」

「魔法とは別の道を歩んでいる我が国の力を、そう易々と他国に見せるわけにはいきません。ただ、私の心が幼いのです。あのような魔の物に勝ち誇られるなど我慢がなりません。私はまだ負けてない」

 

 腸が煮えくりかえるような想いをしながらも、私は大きく息を吐いて気持ちを落ち着けた。

 

「本当の強者は力を誇示しないものです」

「そうですね。所詮は魔に染まった力。あの者が成長し、力を使い続けていればいずれ自滅していくことでしょう。それがどのような魔の力であろうと。我々は暴走するのであれば止めるだけです。それ以外であれば、この国の厄災に対して態々対処してあげることもありません」


 私はヤマト近衛隊長から視線を外すて、もう一人の側近へと顔を向ける。


「王国の情報網はザルなのかしら?」

「いいえ。むしろ、情報を攪乱、もしくは操作されているものと考えられます」

「でしょうね。あのような力を持つ者が他国の噂に出てこないなどおかしいもの」


 リューク・ヒュガロ・デスクストス。覚えておかなければなりませんね。


「申し訳ありません」

「いいのです。あなたはよくやっているわ。カスミ」

「はっ!」

「オボロとユヅキにもよろしく言っておいて。三人は私にとって掛け替えのない存在であると同時に大切な友達なのだから」

「かしこまりました。姫様」


 そう言ってカスミは姿を消した。


「私にも癒しが必要ね。ココロがどこに言ったのか知っていますか?」


 ヤマト近衛隊長を見れば首を横へ振る。

 ココロは占い師であり、護衛を度々撒いてはどこかへ消えてしまう。

 開眼した力は、我がキヨイ家でも類い希なる才能を持った存在なのだ。

 それを皇国の者に知られないために留学を承諾した。

 可愛い妹のことが心配で仕方ない。


「私ではハッキリしたことはわかりません。護衛をしている侍衆によれば、人がいない場所ではないかと?」

「人がいない場所ですか。ふぅ、あの子らしいですね。いつまでもあの子にはマイペースでいて欲しいと思っています」

「護衛をしている我々は勝手に動かれては困ります」

「申し訳なく思っているけれど。皇国を出て、今までよりも監視が少なくなって、あの子ものびのびとしたいのだと思います。少しだけ大目に見てあげてください」


 天然でのんびりをしている妹のココロは、姉である私でも何を考えているのかわからないときがある。

 それでも私のために占いをしてくれて、私の危機を何度も救ってくれているのだ。今回も我々皇国のために力を貸してくれると私は信じている。 


「甘やかし過ぎではないでしょうか?」

「仕方ないわ。あの子は子供なのです。政治や継承問題など興味がなく、他の子たちのように一緒にいてギスギスしなくて良い家族は、私にとってココロだけなのです」

「それは知っていますが、どうか気持ちを強くお持ちください」

「ありがとうございます。だけど、大丈夫です。アカリは発明家としては才能に溢れている。彼女には必ず仕事をしてもらいます。武装鎧神楽を、さらに強くする技術を持っていることはわかっているのですから」


 アカリはたまたまだと言っていたが、彼女が研究している物の中に、武装鎧神楽に近い研究を見つけた。それも本国よりもデータが揃っていた。

 新たな強化の可能性を示す内容に、胸が躍ったことは記憶に新しい。


「アカリを手に入れ、彼女にも王国の行く末を見届けさせて上げようと思っています」

「デスクストスの者も、あれが演技だとは思いますまい」

「さぁどうかしら? 対峙して分かったことですが。あの男の瞳は虚空なのです。こちらへ何の感情も持っていません。そこには無が広がり、こちらのことなどどうでもいいと思っているようです」

「虚空ですか?」

「はい。アカリへの執着を見せたことは意外でした。いつか長老の首も切ってみたいと思っている私からすれば、良い獲物となるでしょう。取らないでくださいね。ヤマト近衛隊長」

「姫様の仰せのままに」


 私は今後について策謀を巡らせながら、用意された寮へ戻ってココロの帰りを待った。姉妹でお風呂に入ることが私にとって楽しみなのだ。

 ただ、その日のココロはいつも以上に上機嫌で、いつも絶対にしてくれない、背中ゴシゴシをしてくれたのだ。

 私は、感動と背中のヒリヒリした痛みに涙が流れて、それでもココロを抱きしめてから眠りについた。

 

 部屋を出る瞬間まで、ココロは上機嫌でたくさん甘えさせてくれたので。十分な恩恵を受けた。

 

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