第210話 騎士授与式

 物凄く面倒な状況に深々とため息が漏れてしまう。鏡に映るのは、黒っぽい紫に彩られた甲冑を着込んだボクの姿が映っている。

 なるべくシンプルなデザインにしてもらったけど、何を着てもボクはやっぱり似合ってしまうね。

 

 全てカリンが用意してくれた物だ。

 この日を迎えるために面倒な日々を過ごした。


 大規模魔法実技大戦にて、優秀賞、最優秀賞に選ばれた二名。

 ダンとボクは騎士の爵位を授与されるため、準備に明け暮れることになった。


 デスクストス家がボクのために動くことはないので、カリビアン家が代理となって、ボクのために騎士の鎧と剣を用意してくれた。

 

 ダンにはマーシャル家が鎧と剣を用意したようだ。


 授与式が始まるまで控え室で待っているように言われ、ダンと二人で控えの間に入れられた。

 厳密にはバルニャンがいるので二人というわけではないが、それでもダンと二人というのは珍しいことだ。

 考えても仕方ないので、いつも通りバルニャンに体を預けて本を読む。


「なっなぁ、リューク」


 名を呼ばれて顔を上げれば、ガチガチに緊張したダンが水差しに口をつけて水を飲んでいた。コップに注ぐ余裕もないようだ。


「……」

「ヤベーよ。緊張してさ!だって、騎士だぞ。もちろん、俺は騎士を目指していたけどさ。こんな形で騎士になれるって思ってなかったから、緊張がやべーよ」


 何がヤバイのか全くわからないが、こんな時でもうるさいやつだ。


「別に大したことじゃない。王様の前で騎士になれと命令を受けるだけだ」

「それが緊張するんだろうが! 王様だぞ! 他の上級貴族様方も授与式に来るって話だ。緊張するなって方が無理だろ」


 本当にうるさい。

 お前の世話になっているマーシャル領だって、上級貴族だぞ。

 しかも、お前が接しているクラスメイトはほとんど上級貴族たちの子供たちだ。今更何を緊張するというのか意味がわからない。


「はぁ、俺変じゃないかな?」


 鏡の前で白銀の鎧に身を包んだ顔の良い騎士殿が、何度も不安そうに自分の身を見直している。

 それはボクにとって、あまり気分の良い光景とは言えない。

 ダンが着ている鎧は、ボクの首を刎ねた時に着ていた鎧と同じ物に思えるからだ。未来のリュークは白銀の鎧に身を包んだ、顔の良い騎士に首を落とされる。


 自分の首を触って悪夢を思い出す。


「どうかしたのか? 凄い汗だぞ」

「別になんでもない。ダン、お前は元々変だから、それ以上おかしくなることはない、大丈夫だ」

「元々変ってなんだよ!」


 ボクはうるさく吠えるダンから逃げるように控え室を出た。


「リューク、どこに行くのかしら?」


 扉の外には美しく着飾ったエリーナが立っていた。


「エリーナこそ、どうしてここへ?」

「騎士の案内人としてよ」

「王女が案内人を務めるのか?」

「私の騎士はあなただもの、エスコートしてくださるのでしょ?」


 ダンと二人きりでいるよりは随分とマシな話だ。


「ああ、エスコートしよう」

「だけど、対照的な二人ね」

「対照的?」

「白銀の鎧を纏ったダン。黒紫の鎧を纏ったリューク。白と黒、まるで勇者と魔王のようね」


 エリーナの呟きにボクは笑みを浮かべる。

 ボクは魔王というほど、活躍するキャラではなかったが、今ではキモデブガマガエルだったリュークが喉から手が出るほど欲しがっていた騎士の称号を授かろうとしている。


「ならば、ダンは敵だな」

「おっ、俺はリュークの敵だぞ!」


 何故か大型犬のようにハシャイで、嬉しそうに敵宣言してくる。


「とにかく行きましょうか」

「ああ、さっさと終わらせて帰ろう」

「ふふ、リュークは、どこでもリュークなのね」


 エリーナはいつもと違って王女様だと言われても納得してしまうほど美しい。


「リューク! とっ、とにかく行くぞ!」


 空気に水を差すダンに、ボクは今日何度目かわからないため息を吐いた。

 エリーナが案内役として城を進み、謁見の間に到着する。

 謁見の間の扉は巨大で、ボクらを迎えるために、騎士たちによって開かれる。

 

 左右を固める近衛騎士たちはシルバーの鎧に身を包み。

 赤い絨毯を進んだ先には、豪華な衣装に身を包んだ上位貴族たちが並ぶ。

 

 カリン・シー・カリビアン伯爵家

 チーシン・ドスーベ・ブフ伯爵家 

 タシテ・パーク・ネズール伯爵家

 セシリア・コーマン・チリス侯爵家

 ノーラ・ゴルゴン・ゴードン侯爵家

 バドゥ・グフ・アクージ侯爵家

 オリガ・ヒレン・ベルーガ辺境伯

 ガッツ・ソード・マーシャル公爵家

 テスタ・ヒュガロ・デスクストス公爵家


 それぞれの家の名に連なる物たちが顔を揃えている。

 それは世代が変わり、若き次代の当主候補たちが顔を揃えていた。

 

 玉座にはユーシュンが……えっ? 座っていた。


 驚きながらも貴族としての礼儀作法は子供の頃から体に叩き込んできた。

 優雅に礼儀作法に則り、膝を折り頭を下げる。

 王からの命令がない限り、その姿勢を維持するのだ。


「最優秀者リューク・ヒュガロ・デスクストス並びに、優秀者ダンよ面を上げよ」


 ユーシュンの声によって、ボクは顔を上げた。

 ダンも同じように隣で顔を上げている。


「父である王が不調でな。二人には我からの授与になる。許せよ」

「「はっ」」

「それでは騎士授与を行う。二人とも剣を預けよ」

「「はっ!」」


 鞘に収めた剣を腰から取って、ユーシュンに預ける。

 預けた剣から刀身を抜いたユーシュンが肩へ剣を置く。


「汝、リューク・ヒュガロ・デスクストスよ。貴殿は武勇とその知力を持って力を示した。それを讃え王国の騎士として認める。今後は王国のため、王国を守る騎士として任ずる。励めよ」

「はっ!有難きお言葉」

「汝、ダン。以下同文とする」

「はっ!有難きお言葉」


 二人に剣を返したユーシュンは玉座に戻っていく。


「以上を持って授与式を終える。退出せよ」

「「はっ!」」


 ユーシュンの言葉にボクらは立ち上がって謁見の間を退出する。

 謁見の間の扉が閉まると、ダンはへたり込むように座り込んだ。

  

「はぁ、緊張した」

「ボクは先に行くぞ」


 ユーシュンが玉座に座っていた。

 上級貴族たちも次代の当主たちを正式な場へと寄越した。

 それは変革を意味する動きであり、これまでの当主たちの引退すら考えられる事態だった。

 

 まだまだ面倒なことが続きそうな予感はするが、一先ず面倒な行事が終わったんだ。こんなところからは退散するに限る。

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