第359話 塔のダンジョン攻略 8

 やっとここまでたどり着いた。


 九十九階層。


 ボスの名前は人魔神ジンマジン


 人間でも悪魔でもない存在を指す名前であり、あらゆる世界や宇宙の輪廻転生を司る《人魔神》である。


 結局、人が恐ろしいと思う存在は人であり、この世界では魔王であり、神なのだ。


 それを合わせた存在こそが九十九階層のボスになる。


「なんですの? 普通の弱そうな人間に見えますの」


 佇んでいる人魔神は、真っ白な髪をした普通の青年に見える。

 平凡、そんな言葉が浮かんでくるが、それが異質なのだ。


「アイリス。九十九階層は他の階層とは格が違うんだ。油断をしてはいけない」

「そうですの?」

「ああ」


 ボクは何度もゲームでこの塔のダンジョンに挑戦して、九十九階層で阻まれた。

 どれだけメンバーを変えようと、レベルカンストさせ、装備を最強にして、使える魔法を組み換えても攻略できない厄介なボス。


「なら、俺が初手だな」

「ダン」


 こういう時に死なないダンの不死身性がありがたい。

 《不屈》の属性魔法が、相手を分析するために役に立つ。


「お前に任せる。ただ、絶対に諦めて死ぬな」

「リューク、お前が信じてくれるなら俺は絶対に負けねぇよ」


 ダンがボクへ向かって拳を突き出す。

 ボクはダンの拳に自分の拳をぶつけた。


「頼んだ」

「おう! ありがとう、任せてくれて」


 そう言ってダンが九十九階層へ入っていった。


 人の姿をして、魔族の瞳と髪を持ち、神の力を所持している。

 最強の存在。

 ゲームの中で裏ボスといわれる憤怒の魔王よりも強いと言われる《人魔神》。

 それは裏ボスを超えるシナリオには存在しない。

 倒さなくても良いはずの存在。


 それでもエンディングを見ることは出来る。


 だけど、倒さなければ世界は滅びる。


「私もいくっす」

「待て」


 ダンと共に中へ入ろうとしたハヤセを止める。


「えっ? リューク様、どうして止めるっすか?」

「いいから。ダンの戦いを見ていろ」


 ボクはじっとダンが人魔神に向かう姿を見る。


「なんでっすか? 私が援護しないと、ダン先輩は強化できないっす」

「いいから、見ていろ!」


 静かにじっとハヤセを見つめる。


「……わかったっす」


 ボクはハヤセだけでなく、全員の動きを制限して、九十九階層入っていくダンを見る。


 絆の聖剣を構え、《不屈》の属性魔法を発動するダン。


 振り上げた瞬間。


「ヘブシ!」


 ダンはボクらの後にある壁へと吹き飛んで激突した。


「えっ?」


 何が起きたのかわからなくてハヤセが壁を見る。

 壁に押しつぶされるような姿でめり込んだ、ダンの姿に驚きの声を出す。


 人魔神は、何もしていないように見えるが、指が一本だけ動いている。


「まっ、まだだ! 俺は負けてねぇ! ヒュブ!」


 再度立ち上がって部屋へと入っていったダンは、1秒で壁にぶつかった。


「わかったか?」

「えっ? わかったか? どういうことっすか?」

「ヒデブ!」


 三度目のチャレンジも0、5秒で壁に吹き飛ばされる。

 人魔神は、ダンの鬱陶しさに壁へとめり込むように力を加えた。


「リューク。意味がわかりませんの」

「そうです。そろそろ説明してください」


 ハヤセだけでなく、アイリスやシーラスも、ダンの不可解な吹き飛び方に疑問を感じた。

 つまりは、誰も人魔神の攻撃が見えていない。


「最初の一発目は指弾。次に掌底。三度目は圧縮。つまり、ダンは一撃目よりも二撃目をよりも、三撃目に相手の攻撃を受けているんだ」

「全く見えませんの」

「本当に攻撃を受けているのですか?」


 ボクの説明の意味がわからなかった様子で、二人が唖然とする。


「人魔神は、本気じゃない。あれはオートで外敵を排除しているだけなんだ」

「あれで排除しているだけ?」

「近づくこともできないで、どうやって倒すというんですの?」

「……、リューク。もしかして、私たちの誰かを犠牲にして突破しようとしているのですか?」


 シーラスの発言に仲間達の間に緊張が走る。


 ダンでも壁にすらならない敵を倒すために、犠牲を必要としている。そう考えることは間違ってはいない。


「ああ、そうだよ。シーラス、その通りだ。ボクはあくまで怠惰な悪役貴族なんだ。怠惰は、自分で何かを成すことを面倒だと言って、やらなければいけないことをしない。悪役は、自分の我儘を押し通す生き物なんだ」

「リューク?」


 シーラスはボクの発言に首を傾げる。

 どうして今その言葉を発するのかわからなかったようだ。


「ふふ、そうですの。それでこそデスクストス家の一員ですの」


 ボクの発言に対して、笑って同意したのはアイリスだった。


「リューク。あなたの気持ちがよくわかりましたの。わたくしはわたくしの役目をしますの」


 アイリスは徐に九十九階層へと入っていった。

 まるで、ダンのような無謀な行為に思えるだが、アイリスは吹き飛ばされることはなかった。


「わたくしはあなたを守ると決めましたの。もう、二度とあなたを殺させる姿など見たくありませんの。ねぇ、ノーラ。あなたもそうじゃなくて?」


 荷馬車に寝ているはずのノーラに、アイリスが声をかける。


「よくわかっているでありんす。わっちは、リュークの矛。アイリスが盾になるのであれば、わっちは全てを倒す矛になるでありんす」


 アイリスは《色欲》の大罪魔法を最大の魔力で発動することで、人魔神の攻撃を逸らす。

 それは自らが宿していた《回避》の属性魔法を強化付与させたアイリス独自の新たなタンクの形だ。


「《闇》よ。わっちに力を貸すでありんす」


 属性魔法は九十七階層で吸収した力を上乗せして、暴食の腕輪が力を解放する。


 二人の女性は最強の矛と盾になって、人魔神に迫る。


「ウオォォォォォォ!!!!」


 迫るノーラの鉄扇に対して、雄叫びをあげて吹き飛ばそうとする。


「俺を忘れるなよ!」


 四度目の復活で全身から出血をしながら、ダンがノーラの身代わりに吹き飛ばされる。


「そういうことですか。ふふ、皆さんは成長しているのですね」


 シーラスは二人を援護するように部屋の全てに咲き乱れる花を咲かせる。


「どっ、どういうことっすか?」

「オウキ、ハヤセを守ってやってくれ」

「ブルル」

「みんなバカだな。怠惰だから戦いたくないって言っているのにしょうがない。悪だから我儘を通しているだけだって言っているのに、みんなしてボクを働かせようとするんだから。バル、クマ、行くぞ」


 ボクはいつもと変わらない。

 

 クッションになったバルの上に寝転んで、クマのぬいぐるみを抱きしめる。

 これがボクがボクらしいスタイルだ。

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