第358話 塔のダンジョン攻略 7
無数の邪眼に見つめられて、気持ち悪さを感じる。
この一つ一つに特殊な力が秘められている。
有名な物であれば、千里眼や未来視など。
瞳によって秘められた能力は違う。
瞳を開発したシーラスの母親は、とんでもない魔女だったのだろう。
「シーラスの母上は、今も生存されておられるのか?」
「残念ながら、邪眼に飲み込まれて」
「いらない質問をしてしまったね。すまない」
「いえ、全然問題ありません。先ほども申し上げましたが、私は全てを克服しました。だから、見ていてください。咲き乱れなさい。花々よ」
シーラスが魔法を発動すると、美しい花が邪眼一つ一つに咲き始める。
それは次第に邪眼の瞳を塞ぐほど大きな花になって、瞳の効力を防いでいく。
「これは私のトラウマです。カー様のことはお任せください。あなたはあなたのトラウマと向き合ってください」
「ああ、ありがとう」
やはりシーラスを選んでよかった。
ボクが一人で入っていたら、怠惰に飲み込まれていたかもしれない。
だけど、ボクが寝てしまっても、シーラスが叩き起こしてくれるだろう。
「よう、ご主人様。よくも俺をあんな方法で閉じ込めやがったな」
陽気でコミカルな動きを見せる怠惰な熊。
随分と活動的なやつだ。
怠惰とはなんなのか疑問に思ってしまう。
「お前はあいつであって、あいつじゃない」
「俺は俺だぜ? あんたの中に元々存在していた力だ。いや、本来のリューク・ヒュガロ・デスクストスには存在しなかった力だ」
「何?」
意味のわからない発言に困惑してしまう。
「くくく、やっぱりわかっていなかったのか? お前がキモデブガマガエルと呼んでいるリュークの力は、ゲームの世界でボスにも成れないほど弱い。そう、相手を眠らせてイタズラする程度の弱い力だった。そして、自分の精神を和らげて眠ることで気持ちを切り替えることしかできない心が弱いやつなんだよ」
ボクを馬鹿にするように、言葉を紡ぐ怠惰の熊。
キモデブガマガエルのリュークに《怠惰》の属性魔法は存在しない? 《睡眠》の属性魔法しか持っていない?
「つまりは、俺のご主人様はボクと自分を偽る本来のキモデブガマガエルのリューク・ヒュガロ・デスクストスじゃない。異世界から転生してきたお前だよ」
熊の爪がボクの胸に当てられて魂に語りかける。
「なら、リュークのトラウマではなく、俺のトラウマだというのか?」
「そうだって、言ってんだろ!!!」
怠惰な熊の爪が、ボクの胸へと突き刺さる。
「リューク!」
シーラスの叫び声が聞こえる。
だけど、痛みがない。
幻覚が映し出される。
俺として、生きた記憶。
失われていたはずだった……。
これが元の俺? この大人向け恋愛戦術シミュレーションゲームをプレイしていた本来の姿?
俺は優秀な人間だった。
勉強ができて、仕事も順調で、結婚はしていなかったと思う。
人より事業を成功させる年齢が早かったせいで、若い間にやることがないというほどのお金を手にいれた。
遊び尽くして……あとは怠惰に、惰眠を貪ることを願っていた……。
ゲームばかりしている日々。
そこでハマったゲームがこのゲームだった。
優秀さと怠惰な俺が映し出されている。
ああ、本当だ。
ボクが望んでいた姿。
俺自身が怠惰の化身じゃないか。
「そうか、お前は俺なのか?」
「そうだって言ってんだろ」
「俺を連れて行きたいのか?」
「いいや、俺はお前であってお前じゃない。だから、二つある魂の一つを生贄として俺にくれないか?」
熊は胸に突き刺した爪から、ボクの内にあった何かを抜き取った。
「二つの魂?」
「この魂をくれたら、俺はお前が死ぬまでは隣で一緒に眠っていてやるよ」
「なんだそれ? 結局怠惰じゃねいか」
「悪い取引じゃないだろ? 俺はあくまで怠惰な熊だからな」
ボクの決めセリフをいってくる。
熊は、紛れもなくボク自身だ。
「ボクのペットになりたいのか?」
「ペット!? おいおい、俺は怠惰の悪魔だぜ。違う世界なら、ベルフェゴールという名前があるほどの大悪魔様なんだぜ!」
「知らんよ。だが、ペットのクマに名前がないのは、かわいそうだな。お前のことはクマフェゴールと名付けてやるよ。それで、略称としてクマだ」
「なっ! とんでもねぇご主人様についちまったぜ。だけどいいだろう。これは契約だ。俺はお前の魂をもらった。お前が死んじまうその時まで隣で寝ていてやる。力が貸して欲しけりゃいいな」
そう言って九十八階層に現れたトラウマの怠惰な熊はボクの中へと戻ってきた。
だが、これまで感じていた怠惰な権能というべき、怠さは感じない。
代わりに小さなクマのヌイグルミが、ボクにもたれるような姿勢をとって眠っていた。
「リューク? 大丈夫ですか?」
「うん。どうやらボクもトラウマを克服できたようだ。あまりにも意外な手段で」
どうやらボクは怠惰を飼い慣らすことに成功したようだ。
「そうですか、ならば私も終わらせましょう」
そういって、珍しく剣を持ったシーラスは、母親の胸に剣を突き立てた。
「カー様、このような形でも久しぶりに会えたこと嬉しく思います。あなたから得た深淵を知る魔女としてのきっかけになった邪眼は、今も封印させてもらっています」
シーラスの母親は、目を閉じていた。
剣を胸に突き立てられて、瞬間に微笑んだように見えた。
シーラスが母親を倒したことで、九十八階層を突破することができた。
「結局、どうして私たちは入ってはいけませんでしたの?」
アイリスの疑問に、シーラスが何やら耳打ちを始める。そうするとアイリスの瞳が潤んで、ボクを見た。
次には、ボクへ抱きついた。
「何? どうしたの?」
「もう一度、リュークが死ぬなど嫌ですの。入らなくてよかったですの」
シーラスに何を言われたのかわからないが、どうやらアイリスのトラウマをシーラスは把握しているようだ。
アイリスは、シーラスの言葉で納得してくれた。
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