第121話 王都帰還

 王都に帰ってくると、エリーナやリンシャンは先に馬車を降りて行った。彼女たちは、彼女たちの立場があり派閥が存在する。


 修学旅行での一時の楽しい時間は終わりを迎えた。

 学園では、彼女たちとずっと側にいることはできない。


 だが、ボクにとっては彼女たち同様かけがえのない人がいる。彼女にずっと会いたかった。彼女も同じ気持ちでいてくれたのだろう。学園の前に彼女が待っていてくれた。


「おかえりなさい。リューク」

「うん。ただいま、カリン」


 ボクはゆっくりと近づいてカリンを抱きしめた。


 カリンが学園に入学した一年よりも、ずっと長く会っていなかったような気がする。それだけカリンを恋しいと思っていたからなんだろう。


「今日は、腕によりをかけて準備をしているわよ」

「ああ、楽しみだ。やっぱりカリンのご飯を食べないとね」


 それぞれが学園生活に戻っていくため、生徒たちが帰還の片付けに入る中で、ボクはクウに片付けを頼んで、カリンの部屋へと赴いた。


「これは?」

「ずっと馬車で過ごしていて、胃が荒れていると思うから精進料理よ。教会で習ったの」


 カリンの料理はヘルシーだがボリュームがあるイメージだった。目の前に並んでいる料理は野菜がメインで、お粥が置かれていた。

 アイリス姉様が、聖女として教会の仕事をしているので、カリンも最近は教会の仕事を手伝っているそうだ。


「へぇ~意外に美味しいね」

「でしょ。素材の味と塩だけなんだけど、そこに私の属性魔法【料理】を加えて、調理するだけで凄く美味しくなったの」


 お腹にも優しくて味もいい。

 ふふ、こういうのをお袋の味って言うのかな?ボクに母さんの記憶はないけれど、カリンの味がボクにとって一番食べたい味になっていると思う。


「さて、それじゃ聞きましょうか?」


 ボクが一通り食べ終えて、温かいお茶を飲んでいると……テーブルに肘をついて、掌の上に顔を乗せたカリンがボクを見る。


「聞きましょうか?」


 修学旅行の思い出話を聞くような言い方ではない。


「ええ、随分と奥さんを増やして帰ってきてみたいね。アカリから連絡を頂きましたのよ」

「ゲホッ!」


 咽せた!お茶が喉に詰まって、ドバッと額から汗が噴き出してくる。背中には冷たい汗が流れ落ちていく。


「リューク」

「はっ、はい」

「怒っているわけじゃないのです」

「えっ?」


 てっきり怒られると思っていた。

 ボクの中では、やっぱり正妻はカリンだ。

 カリンが反対するなら……


「ただ、エリーナ様も、リンシャン様も、私よりも貴族の位が上になります。それはどう考えているのですか?」


 あ~世間体という奴の話かな?

 貴族として位が問題になると……


「それは……めんどうで、考えてなかったよ」

「もう、リュークはそういうところがありますからね。もしも、お二人を迎えるのであれば、私は正妻から「それはダメ!」」

「えっ?」

「ボクにとって、正妻はカリンなんだよ。

 そして、二番はシロップ。これは変わらない」

「……リューク」


 ボクが心を本当に許せる相手は、二人だけだ。

 もちろん、魂の結びつきを誓ったリンシャンのことは信じている。


 だけど、それ以外のキャラは完全にはわからない。

 エリーナやアカリは利害が一致したからだとも思っている。


 ふわりと良い香りがして、カリンがボクの頭を抱きしめた。


「カリン?」

「あなたは《怠惰》だと言いながら、ずっと心のどこかでは怯えているのですね」

「怯え?」

「ええ、私とシロップさんだけが、あなたの抱える闇を知ってるから」


 やっぱりカリンには敵わない。

 シロップは…… ボクがどんなことをしても共に歩んでしまうだろう。ボクに逆らうことはない。


 リンシャンもシロップと同じだと思う。ボクの本質を見抜いていた。


 だけど……カリンは、カリンだけは変わらないで、ボクを叱ってくれて、甘やかしてくれる。


「あなたが放つ光はあまりにも強くて、いくらあなたが隠れようとしても、周りはあなたを見つけてしまうのでしょうね」


 ボクはカリビアン家に婿入りして静かな余生を送れればよかった。だけど、状況がそれを許さない。

 ボクは大切な者を守るために、力を付けなければならない。それは自分自身が強くなることであり、個ではない群としての力を求められる。


「でも、リューク。本質を忘れないで」

「本質?」

「ええ。あなたは誰よりものんびりと暮らすことを望んでいたでしょ?誰かのために頑張ってしまう、あなたはとても素敵でカッコイイけれど…… あなた自身の心が傷ついてしまうのはダメ」


 カリンに頭を抱えられながら、だんだんと気持ちが落ち着いていくのを感じる。


「ねぇカリン。今日は泊まっていってもいい?」

「ええ。もちろんです。あなたを支えるのが正妻である私の務めですからね」


 ボクが間違った道に進もうとするとき、ボクを止めてくれるのはカリンだ。

 そして、カリンがいるから、ボクはボクを保っていられるのかも知れない。


 彼女の腕の中で眠ることが、ボクにとって一番の幸せだと実感出来る。


「おかえりなさい。リューク」

「ああ、ただいま。カリン」


 ボクは彼女の腕に抱かれて、安らぎを手に入れた。

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