第219話 三年次剣帝杯 6

【side聖女ティア】


 アレシダス王立学園で絆の聖騎士ダンを見て、私が感じたのは絶望でした。

 勇者とは、光と共にあると言われてきました。

 その者を見れば、眩く目も開けてられないほどだと教えられてきました。

 聖女は勇者に仕え、勇者と共に魔王を倒し世界を救うと教えられてきたのです。


 憧れを抱くな! という方が無理があります。


 だから、勝手だとは思いますが、私のなかで勇者とは誰より輝いていて、理想的な男性でした。

 女性ならば放っておかないような、誰よりもカッコよくて、カリスマ性を放っていて、賢く、強く、素敵だと勝手に思ってしまっていました。


 妄想、偶像、そう言われてしまってもおかしくはありません。私の中で、勇者とは神に等しい存在なのです。


 だからこそ、聖剣に選ばれた勇者様にどうしても会いたい。なんとしてでも会わなければならない。

 同じ場所で過ごし、同じ時を生き、同じ景色をみたい。そう思って期待していました。


 アイリス様の手引きで、アレシダス王立学園に来た私は一刻も早く勇者様に会いたいと思って、お姿を探しました。


 聖なる光に導かれて、たどり着いた場所に勇者様がいらっしゃいました。

 勇者様の隣には、可愛らしい女性がいて、楽しく笑い合っておられました。

 勇者様なのです、好かれている女性の一人や二人、三十人や五百人いてもおかしくはありません。


 ですが、私が想像していたような方は、そこにはおられませんでした。

 眩い光などなく、僅かな聖なる気が剣から感じるだけのただの人。

 期待していた存在とは、かけ離れておられることをすぐに悟ってしまったのです。


「ミカ、ラビィ、私はどうすればいいのでしょうか? 確かに人として強いことはわかります。ですが、勇者と呼ぶに相応しい人ではありません」


 教国から一緒に来てくださったお二人に、私が見て感じたことをそのままお伝えしました。


「ティア様、彼が聖剣に選ばれたのは事実です」

「わかっています。だから、頭を悩ませているのです。動揺を見せることはできません。ただ、彼だけではどうしても不安なのです。他に手がないのか、模索しなければなりません」

「他に手があるというのでしょうか?」

「王国に聖剣の力が集結しているのは事実です。ですが、絆の聖騎士が持つ聖剣からは、伝承に伝わる力を感じないのです」

「どういうことなのでしょうか?」

「わかりません。まずは、調査を進めるしかありません」


 アレシダス王立学園を散策しながらも、私たちは情報収集と、何か手掛かりになることはないかと調べ続けた結果。

 一人の人物が私たちの調査によって、噂になっていることを突き止めました。


 曰く、男性なのに女性のように美しく。

 曰く、魔法を使わせれば、他国に魔法に長けていると知られる王国の王女よりも素晴らしく。

 曰く、公爵家の子息であるため、誰も手を出せないが、むしろファンクラブができるほど人気があり。

 曰く、多くの女性を侍らせる器量と甲斐性を併せ持つ。


 まるで、想像していたような勇者様像に最も近い男性ではないか?


 そんな折り、大規模魔法実技大戦と言われるイベントが行われることが決まり、絆の聖騎士殿の力を実践で見れること。

 そして、敵対するリューク・ヒュガロ・デスクストス様の能力を見れるとあっては参加しないわけにはいきません。

 

 大戦が始まる前に、リューク様を見たいと思って監視を続けておりました。

 見た目は、アイリス様に負けない美しさを持つのに、男性であり、勇者よりも光り輝いておられました。

 リューク様の周りには、常に女性がいて、大勢の女性に愛されていることもわかっています。

 

 能力や頭脳、それは大規模魔法実技大戦にて、見ることができました。

 終始戦場を支配して、私を仕留めた時の手際の良さは、まるで私の心を奪いに来たのではないかと誤解してしまったほどです。


 ですが、いけません。

 

 私は聖女なのです。立場があるものとして、簡単に殿方にこの身を捧げることはできません。

 ファンを公表することも、理想の殿方であると認めることも叶いません。


 何故ならば、聖なる気を見ることできる私には、リューク・ヒュガロ・デスクストトス様は二つの光を持つ存在として映るのです。

 

 聖なる気を操ることができる、勇者に近い存在。

 魔なる気を操ることができる、魔王に近い存在。


 言葉にすれば、似ているように感じます。

 ですが、二つの気は絶対に相容れない存在のはずなのに、リューク・ヒュガロ・デスクストス様からは、その両方を感じるのです。


 ですが、それも大規模魔法実技大戦までの話。


 それ以降は、魔なる気が強くなっているのです。

 今のままではいけません。


 もしも叶うなら、私のこの身を持って浄化して差し上げなければ。私が唯一使うことができる魔法。

 それこそが【聖】を司どる浄化なのです。


「どういうつもり?」


 ジュリアさんが帝国の将軍であることは、こちらでも掴んでいました。

 わざわざ逃すとは思ってはいませんでしたが、好都合です。

 リューク様と我々教国の者だけになれるタイミングなど、今を置いてありません。


「絆の聖騎士ダン。いえ、シン・変態性犬ダンでしたでしょうか? 聖剣の使い手としての実力は知ることができました。人柄も性癖に関しては、我々が関与することではありません。魔王を倒す役目さえしてくれればいいのです」


 あんな聖剣を持つだけの駄犬など、どうでもいいのです。私はあなたが欲しい。

 ですから、どんな手を使ってでも手に入れてみせます。


「ですが、あなたから魔の気を強く感じます。あの大戦以降はさらに強くなった」


 心辺りがあるのか、リューク様はどこか納得した顔をされていました。


「そんな方を生かしたまま、聖都に帰るわけにはいきません。魔王になり得る人物として認定させて頂きます」

「そう? それで、ボクを殺すの?」


 剣呑な物言いで我々と相対する姿は、一切の力みも緊張も見られません。

 さすがという他ありません。

 これが、駄犬であれば緊張して、鼻の下を伸ばして我々をスケベな目で見てきていました。


「ジュリアさんと同じです。我々の元へいらっしゃいませんか? 我々の元で力をお貸しいただけるのであれば、教会はあなたを敵とは特定しません」


 私が【聖】なる魔法を使うことで、浄化して差し上げます。


「君は最初から、意味がわからないね。ボクは君にそこまで気に入られる理由が知りたくなるよ」

「協力者になってくれるのであれば、いくらでもお教えしますよ」


 ベッドの上でも、二人きりの食事の場でも、いくらでも語り合いましょう。


「ごめんね。その手を取ることはできない」

「どっ!どうしてですか? 教会を敵にするつもりですか? そんなことをすれば国境を超えて、全国の信者たちがあなたを敵として、あなたの大切な人たちを傷つけるかもしれませんよ」


 私がバカなことを言っているのは理解しています。

 ですが、私は知らないのです。

 これ以外のやり方で、彼を手に入れる方法を。

 私にあるのは、これまで皆さんから頂いてきた愛情だけです。聖女としての役目を背負い、自由など許されてこなかった。


 そんな私ができることは信者の方々に力を借りることだけです。


「ハァ、ジュリアは王国に敵対するといった。だが、君はボクの大切な人を傷つけるといった」


 それまで呆れながらも、穏やかに話をしていた彼から表情が消える。


 今まで見たことがないほど、怖いと思ってしまう。

 魔、そこには私が感じる【魔】の存在が確かに感じられました。もうダメなのかもしれない。

 彼を浄化する力は、私では持ち合わせていない? そんなのは嫌だ。


「口にするだけなら、まだ許そう。だけど、君が今言ったことを実行すれば、教国は滅びることになるだろうね」


 彼の言葉に二人が武器に手を添える。

 私が二人を止めようと振り返ると、二人の喉元には紫の髪をした美少女が、腕を剣に変えた状態で二人の首筋に剣先を当てていた。


「手始めに二人を殺してもいい」

「……」


 私はやり方を間違えたのですね。

 それにどこから現れたのかわかりませんが、十二使徒を相手に一歩も引けを取らない少女。

 魔に染まりつつあるリューク様を相手に戦うのは得策とは言えません。


「……わかりました。本日は引き下がります。どうか、お二人をお助けください」


 私は深々と頭を下げた。


「それだけ? 何も解決していないのに解放しろと?」

「お二人を解放して頂ければ、現状、あなたを魔王になり得る存在としては認定しません。もちろん、本当に魔王になれば、約束はないものとしますが」

「ふ〜ん、まっいいんじゃない」


 リュークが手を挙げると二人に当てられたいた剣が取り除かれる。

 二人は、膝をついて全身から汗を吹き出しておられました。


「君がもう少し素直に、会話をするつもりなら、ボクも対話の時間をとってあげてもいいよ」


 そう言って彼は空へと舞い上がっていった。

 紫色のクッションに乗って飛び上がる姿に、私はただ静かに彼を見送ることしかできなかった。

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