第307話 サブシナリオ

 人探しを依頼したボクは待っている間に、神都の街並みを見物させてもらうことにした。

 アオイノウエとユヅキは顔見知りに会うかもしれないので、今回はシロ、リン、ルビの三人だけをつれて歩いている。

 異国風ではある三人だが、亜人もチラホラと見かける街中ではそれほど珍しくもないようだ。


「王国とは全然違うのですね」

「お団子美味しいにゃ!」

「ルビ、そんなに食べてばかりだと太るぞ」

「ミニャ! リンはヒドイにゃ! 女の子にそんなことを言ってはいけないにゃ」


 三人の姦しい話に耳を傾けて心地よい散策を続けている。

 ボクはバルニャンの上に乗って歩いてはいないけど、三人が楽しそうでなによりだ。


 皇国の街並みは、数日前に王国の兵が迫ったことで大混乱に陥り、さらに白虎領に帝国まで現れて大混乱に拍車をかけたそうだ。


 だが、帝国の脅威が去り、王国も神都までは攻めいる姿勢を見せなかったため、穏やかさを取り戻しつつある。


「活気と同時に、混乱があったことで諍いや揉め事も多くなっているとか言っていたね」

「はい。街を歩くのは良いけど、気をつけなとチヨ婆が言っておりました」


 歩きなので、ボクの横をシロが歩いて、リンとルビが先導して食べたい物や行きたい場所を決めている。

 

 ふと、どこにでも絡んでくる輩というものはいるもので。


「おいおい、別嬪さんばっかりが歩くなんて珍しいじゃねぇか! 今は戦争中でみんな気が立ってんだ。ちょっとは控えてくれねぇか?」


 大柄の禿頭が、往来のど真ん中で声を張り上げる。

 着ている物はみすぼらしく、しかし体は鍛えられてそれなりの修羅場は潜っていそうだ。


「なんだ貴様は、我らが主様に物申すつもりか?」


 シロップが殺気を飛ばしたことでたじろぐ、それでも冷や汗を流しながら、折れなかったことは褒めてやりたい。明らかにレベルはカンストしていない普通の町民。

 悪く言えば田舎のチンピラでしかない男に、シロップの殺気が当たれば泡を吹いて倒れてもおかしくない。


「あっ、あんたらカタギの者じゃねぇな。どこから来たんだ?」

「色街ってところからだ」

「何! 葵の姉さんところから? もしかして姉さんの客か?」

「そうだ」

「それは失礼した。あっしは、色街で用心棒しているトビというもんだ。この辺の見回りを兼ねているんだ」


 どうやら絡んできたわけではなく、警戒してこちらに問いかけて来ただけだったようだ。


「あんたらみたいな目立つお人たちは市場を歩かれると色々あるんだ。それで? 目的はあるのかい?」


 どうやら怖い顔をした男ではなく、こちらの方が市場に迷惑をかけていたようだ。


「実は、着物を用立ててもらいたくてな」


 シロップに変わってボクが答えた。


「それは上等な物か? それとも普段着かい?」

「上等な物だな」

「ならこっちじゃねぇ。こっちは市民しかいない場所だからな。みんなあんたらの気に当てられて困っちまってるんだ」

「それは悪いことをした」


 ボクはシロを下がらせて、トビに着物屋までの案内を頼んだ。

 街の散策をしながらブラブラとして見つかればいいと思っていたが、迷惑をかけているなら早々に退散した方がいい。


「悪いな。それじゃこっちだ」


 五分ほど歩いた場所に綺麗な建物の店屋が並び、呉服問屋と書かれた看板が見える。


「上等な物ならここの着物屋だと思うぜ」

「シロ」

「はい!」


 ボクが声を掛ければシロが店の店主に事情を説明してくれる。

 どうやらトビの推測は当たっていたらしい。

 シロがここだと知らせに戻ってきた。


「そうか、ありがとうトビ。これはチップだ受け取ってくれ」


 ボクは金須を一枚渡してお礼を伝える。


「えっ! こんなに頂けません!」

「今後も案内を頼むかもしれない。その時は頼むよ」

「へっ、へい。旦那たちの名前を聞いても?」

「ああ、ボクはバル。先ほどからピリピリしているのが、シロ。後はリンとルビだ。しばらくは滞在するつもりだからよろしく頼む」

「へい!」 なんでも申し付けくだせい!」


 トビとは別れて店の中に入れば、そこからは女性三人プラス呉服問屋の女将さんまで加わって、ボクの着物選びが始まった。


 真っ赤や黄色の派手なものから、黒のシックな色使いの物、タキシードの時に着ていたブルーなど様々だったが、呉服屋の女将曰くお館様に謁見するならば、それほど派手ではなく。されど、ボクらしい色がいいということで、髪色と合わせた着物を選んだ。そこから採寸をしてもらって、出来上がるのに二、三日かかるそうだ。


 その間にボクは探し人の情報を得て、神都から少し朱雀領に入った山にある古屋を訪れることにした。



 ゲームの世界にはいくつかミニシナリオが存在する。


 ダンが魔王を倒すために、様々な国へ仲間探しをする立身出世パートでは、いくつか悲しいエピソードが含まれていた。

 

 その一つを回避したい。


 バルに乗って、探し人の情報を集めてくれたチヨ婆の言葉通りに一人でやってきた。

 そして、そこには古屋があり、煙突から煙が出ている。


「失礼します」


 扉を叩いて、声を掛ければ少女の声が返ってくる。


「はーい。少々お待ちください」


 そう言って開かれた扉から、小さな原石が現れた。

 目の前の美しい少女は原石のまま誰にも磨かれていない姿をしている。


「えっと、どなたですか?」

「ヒナタ。どちら様?」


 開かれた玄関の先には部屋は一つしかなく。

 布団に体を預ける女性が、身を起こしてこちらを伺う。


「お母さん。すごく綺麗な人」

「えっ? 誰ですか?」

「お初にお目にかかります。私は冒険者バル。王国から来ました」

「はぁ? そんな方がどうしてうちに? うちには何もありません。娘と二人で細々と暮らしているだけです」


 警戒した視線を向けてくる人物は、ボクのよく知っている人物に瓜二つだった。

 いや、歳を重ねているので、シワや痩せ細った姿は似ていない。雰囲気や目元など、ポイントが似ているので、錯覚してしまう。


「わかっています。本日は、あなた方に会いに来ただけです」

「会いにきた?」

「病に侵されていますね」

「!!!」

「まずは、そちらの治療をしましょう。娘さんと一日でも長くいたいでしょうから」

「えっ?」

「回復魔法です!」


 ボクは彼女の病気を遅らせるように魔法を発動した。

 彼女の病気はボクの魔法では治すことができない。

 進行を遅らせることが限界なのだ。


「凄い、凄く楽です!」

「それはよかった。まずは食事を摂ることが大切です。消化の良い粥を用意しましたので、鍋ごと置いておきます」


 カリンにお願いして、お粥を持たせてもらってよかった。


 マジックポーチが久しぶりに活用できているぞ。

 普段は荷物も全て馬車に置きっぱなしだから、便利だけど使うことがほとんどない。


「毒など入っていません。栄養があり、食べやすくしてあります」


 ボクは目の前で粥を食べて見せて、毒が入っていないことを証明する。

 他にも野菜や果物、それとヒナタと呼ばれた少女に食べさせる肉を取り出す。

 生モノは冷蔵庫も何もない環境ではそれほど置くことができない。


「こんなにたくさんの食材を!」

「塩漬けをしているので、お肉も日持ちします」

「何から何までありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

「ですが、どうして?」

「あなた方が私の身内だからです」

「えっ? あなた様が身内?」

「その謎はもう少し待ってください。今日は本当に会いに来ただけなんです。帰ります」


 食材を置いて回復魔法をかけて、帰る。


 ボクは長居は無用と立ち上がる。


「何から何までありがとうございます」

「ありがとうございます」

「いえ、詳しい説明は後日に」

「はい! お待ちしています!」

「お待ちしています」


 ボクはその親子の安否が確認できて、心から安堵の息を吐いた。

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