第301話 友との別れ

 カリビアン領から青龍の湖に戻ってくると、青龍領を守護する四人が顔を揃えてボクを出迎えた。


「新たなダンジョンマスター様をお出迎え致します」

「「「致します」」」


 カザト・ソウショウが頭を下げて声を発する。

 ミソラ、アオイノウエ、もう一人の知らない男性が頭を下げて出迎えた。


「ふむ。どういう状況だ?」

「はっ、朱雀の戦巫女、メイ・カルラ・キヨイは行方不明。並びに同行した元近衛隊隊長聖刀クサナギの所有者ヤマトは戦闘の末に命を落とした模様です」

「へぇーイッケイもやるね」

「いえ、剣豪イッケイ、破壊僧ベイケイは敗北しました」

「……そうか」


 二人が死ぬのは悲しいけど、それもまた二人が選んだ道なんだろうね。


「誤解無きよう」

「えっ?」

「二人とも死んではおりません」

「そうなの?」

「はい。実は、王国の別働隊が現れて皇国兵を殲滅してしまいまして。二人は無事なのです」

「別動隊?」


 テスタ兄上が、何かしら差し向けてきたのかな?


「はっ、アイリス・ヒュガロ・デスクストスと名乗ったそうです」

「姉様?!」

「おや? ダンジョンマスター様の姉君でしたか、でしたらもっとおもてなしをすればよかったですな。フォフォフォ」


 妖怪とか呼ばれるジジイだが、今は老執事といった雰囲気で話すカザトに翻弄される。


 ボク溜め息を吐きたくなる。


「いいよ。それで? 二人はどうしているの?」

「破壊僧ベイケイ様は、命の恩人であるアイリス様に付き従ったようです。剣豪イッケイ様はダンジョンマスター様をお待ちです」

「そうか、なら会いに行かないとね。それで? どうして君たちがいるの?」


 ボクはアオイノウエと、もう一人の男性を見る。


「これらは我が一族の者です。青龍の戦巫女アオイノウエ。青龍の守護者アオシにございます」

「アオイノウエにございます。青龍の化身であるミソラ様共々ダンジョンマスターバル様にお仕えするため馳せ参じました」

「青龍の守護者アオシにございます。同じくダンジョンマスター様にお仕えするために参りました」


 アオイノウエとアオシはよく似た顔をしている。

 

「二人は兄妹?」

「そうでございます。兄は長年青龍の守護者として、この地を守っております」

「そうか、よろしくね。基本的にはミソラとカザトにダンジョンのことは任せるつもりだから、これからも二人にはこの地を守ってあげて」

「よろしいのですか?」


 ボクの発言に対して、アオイノウエが疑問を浮かべた顔で問いかけてくる。


「何が?」

「この地は、皇国の全ての水を賄っていると言っても良い場所です。つまり、水を掌握すれば、皇国を攻める手立てに使えますが」


 アオイノウエは自国のことなのにキツイ作戦を考えつくんだね。頭のいい女性だと思う。

 

「どうでもいい」

「えっ?」

「面倒なことはしない。ボクはねあくまで怠惰なんだ。貴族に生まれたなら、優雅に貴族らしく怠惰に生きる。それがボクのモットーでね。逆にその邪魔をしないなら、君たちが自由にしてくれて構わない」


 ボクは大きな欠伸をして、バルニャンに体を預ける。


「シロップ。リンシャン。あとはよろしく」

「かしこまりました。馬車を回してきます」

「ああ、温泉の方は私が交渉しておく」

「ユズキ」

「はい。お茶ですね」

「ルビー」

「はいにゃ」


 ルビーがバルニャンを引いてくれて進み出す。


「わっ、私も一緒に行く?」


 それまで沈黙していたミソラが声をあげる。

 見た目は十歳前後の少女で、青龍の力を持つ彼女は竜人族と言われる亜人の一種だそうだ。

 アオイノウエやアオシも同じ種族で、皇国の守り神として崇められている。


「来たければ来ればいい。ボクは強制しない。ボクの嫁たちは自分たちで考えて行動をしている。それがどのような形であれ、ボクのことを考えてくれている。だから、自分で決めればいい。君が誰かを思って行動する中にボクがいるなら、一緒に来ればいい。だけど、君がまだ家族といることが大切だと思うなら、来る必要はない。それは今じゃないってことだ」


 止まってくれていたルビーに進むように促す。

 

 ボクはそれ以上振り返らない。


 ミソラは三人に向かって頭を下げた。


「行ってきます!」

「ミソラ、気をつけてな。いつでも帰ってきなさい」


 カザトは孫の頭を撫でて別れの挨拶をする。


 アオイノウエやアオシは、驚いた顔をしていたが、幼いミソラの行動に口出すことはないようだ。


「よろしくお願いします!」

「いいのか?」

「だっ、旦那様の妻になります。だから、旦那様のことを知りたいです!」


 ボクはミソラの体を抱き上げて膝に乗せた。


「なら、行こう。一緒に世界を見に」

「はい! 旦那様」


 ボクはまた一人嫁が増えてしまった。



 温泉街にたどり着いて、リンシャンが部屋をとってくれる。


 ボクはバルニャンと一緒に戦場になった場所へと向かう。戦場跡には多くの墓が作られ、墓の前で座る剣豪イッケイの背中を見つける。


「おかえりなさい。バル殿」

「ただいま。イッケイ」

「また、命を拾ってしまいやした」


 酒を飲み、夕日に照らされたイッケイの背中は、一回り小さく見えた。


「姉さんが邪魔したみたいだね。悪いことをした」

「いえいえ、目が見えぬあっしでも美しい気配を感じることができた素晴らしい女性でしたよ。それにベイケイ殿は命を救われて家臣になることを選んだ。また別の神の信者になるようでござんす」

「そうか、それもまた一つの生き方なんだろうね」


 ボクは墓の一つに突き刺さった一本の刀に目を止める。


「聖刀クサナギか」

「あっしは認めては頂けませんでした」

「そうか、こいつらは何を持って宿主を選ぶんだろうな」

「さぁ、どうなんでしょうね」


 一陣の風が吹いて、剣豪イッケイが立ち上がる。


「約束を果たす時だね」

「はは、バル殿は本当にお優しい。ですが、あっしも本気ですよ」

「わかってるよ」


 戦闘を始める空気に変わっていく。


「あっしは長く生き過ぎました」

「始まる前に遺言?」

「そうじゃございません。バル殿に見合う戦いが出来るのか不安なだけでござんす」

「さぁ、それはやってみなくちゃね」


 イッケイが氷を纏う。


 ボクは踊るようにイッケイの剣術を躱していく。

 周囲に冷たい風が吹く。

 空気が冷たくなって息が辛い。


「気持ちいいね」

「あっしの陰陽術は陰でござんす。温度を下げるだけじゃございやせんよ!」

「ああ、デバフ効果があるんだね。動きが鈍くなっているようだ」

「それでもこれだけの差がありますか?」


 ボクの動きを制限して、陰陽術を全開で披露してくれるイッケイ。剣術は今まで見た誰よりも美しく研ぎ澄まされていた。

 

「ごめんね。今のボクはレベル150なんだ。それにバルニャンの装備をしてもいない。それでも。イッケイがレベルカンストさせて、陰陽術を極めていたとしても、手加減して勝ててしまうんだ」


 ゆっくりとイッケイの胸に腕を差し込んでいく。


「くくく、ここまで差があるとは、あっしの一生はなんだったんでしょうね」

「剣術の極み。紛れもなく到達点だと思うよ」

「バル殿に言われればそうなのでしょうな。しかし、されど到達できない」

「世界の闇は深いんだ。イッケイがこちらの世界に来るなら歓迎するけど?」

「くくく、簡単に言いなさる。もしも、バル殿のお姉様に会う前であったなら、喜んで強さを求めたかも知れませんな」


 イッケイが見えない視線を天に向ける。


「そう」

「あっしは知っちまった。抗えぬモノがあると。剣の強さなら、到達したいという欲でどうにかなるかもしれない。だが、あっしはあの方に剣を向けられません。そう思ったら全てが」


 イッケイの表情は満足そうな顔をしている。


「幸せそうに逝ったね。しかも、剣を諦める理由が姉様への恋慕とはね」


 ボクはイッケイを抱き上げて、もう一つの墓を用意する。


「友よ。あなたは満足したんだね」


 ボクは悪友を一番綺麗な場所に寝かせてあげた。

 彼が愛した温泉街が見える場所に。

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