第302話 心の妻
イッケイに墓を作ってやり、その前でイッケイが残したお酒を全て飲み干した。あまり、お酒は得意ではないけど、最後のお酒ぐらいは付き合ってあげないといけないよね。
すっかりと日が暮れて日付が変わった丑三時。
ボクはバルニャンに身を預けて温泉宿へと戻った。
温泉宿では、リンシャンが待っていてくれた。
「ただいま」
「おかえり、リューク。一緒に温泉に入らないか?」
「うん。ああ」
リンシャンがボクに近づいて抱きしめてくれる。
イッケイとの別れを済ませたボクの心に寄り添うリンシャン。
彼女はいつもそうだ。ボクの心を一番理解してくれている。
「友との別れはすませたのか?」
「うん。やっぱり大切な人を失うって、辛いね」
「大切な人か、リュークからそんな言葉が出てくる日が来るとはな」
ボクの背中を、リンシャンが流してくれる。
その手つきは優しくて、彼女がボクの心に寄り添ってくれているように感じる。
「ボクは大切な人がいっぱいいるよ」
「知っている。だが、リュークは大切な人を切り捨てられる人でもあると、私は知っているんだ」
「大切な人を切り捨てられる?」
ボクは誰かを切り捨てただろうか? 今まで全員と向き合ってきたとはずだけど。
「ああ。もしも、カリンやシロップが一緒に逃げようと言えば、リュークはどこかに消えてしまうだろう?」
「あっ」
「わかっている。二人はリュークにとって特別な存在であることは知っているから」
「リンシャンも」
「えっ?」
「ボクに取っては君もその一人だよ」
「ふふ、そうか。ありがとう。嬉しいよ」
リンシャンに背中を流されて、次はリンシャンの手が頭に伸びる。
モクモクと泡が増えていき、アカリ特製のシャンプーがいい香りを出している。
「リュークに取って、全ては執着がない出来事なのかもしれない。全てを投げ出しても、自分と好きな人が生きてられるなら、それでいいと」
「間違ってないね」
リンシャンが頭を洗い終えて、お湯で泡を洗い流してくれる。
全ての泡が流れるとタオルで髪を拭いて後ろから抱きしめられた。
「それはあまりにも悲しいことだ」
「えっ?」
「リュークの世界は、もっと広い」
リンシャンの言葉は、カリンに言われた言葉に近かった。
カリンも言っていた、ボクが働くこと、そして妻たちを大切にしてほしいと。
「リンシャンもボクを働かせたいの?」
「それは違う」
「えっ?」
「リュークはバルニャンに乗って優雅にしていればいい。私がそれを引いてどこまでも連れて行こう」
リンシャンに立たされて、二人で湯船に浸かる。
ボクにリンシャンが体を預けてしなだれかかる。
「リュークは優雅で怠惰に、のんびり過ごすことだ。だけど、ただ寝ているだけなのはつまらない。だから、楽しくだろ?」
それはボクが転生してすぐに考えたことだ。
リンシャンに言葉にして言ったことはない。
その言葉を知っているのはシロップぐらいだろう。
「シロップに聞いたの?」
「いいや、リュークを見ていればわかるさ。最初の私は何もわからなかった。だけど、修学旅行の時も、ダンの彼女作りも、大規模魔法大戦の時もリュークは楽しんでいただろ?」
アレシダス王立学園時代の話は、少しだけむず痒くて楽しい思い出だ。
「それだけじゃない。リューで、アカリの研究を手伝い。迷いの森の魔物の行軍では、私とルビーを助け。ダンジョンマスターにまで上り詰めてしまった」
リンシャンが語るボクと歩んだ物語。
「全ては、リュークが怠惰の中で自由に楽しむための時間だ。そして、皇国でもリュークには目的があるんだろ? だから、また戻ってきた」
あ〜そうか。
イッケイを失い。
意気消沈しているボクを励まそうとしてくれているんだ。
ふふ、リンシャンは不器用だな。
「リンシャン」
「あっ!」
ボクは温泉の中でリンシャンを抱き寄せて、足の間に入れた。
「まだ話している途中だぞ」
普段はポニーテールにしている髪を下ろしたリンシャンは、とても女性らしくて美しい。さすがはボクの一推しだよ。
そんな彼女を抱きしめる。
「あっ」
「ありがとう、リンシャン。そうだね。ボクは友を失っても歩み続けなければいけない」
「んん、コラ」
ボクはスベスベの体に手を滑らせる。
くすぐったそうにしているリンシャンは、それでもボクの手を払いのけない。
「リンシャン」
「なんだ?」
「ボクはこの地で、もう一つ手に入れたい物があるんだ。一つはダンジョン。もう一つだ」
「悪い顔をしているな」
振り返ったリンシャンがボクの顔を見て、ほくそ笑んだ。
「そう? 生まれつきだよ。だって、ボクは悪役貴族だからね」
「はいはい。リューク」
「うん?」
「私はお前が大好きだぞ。どこまで一緒についていく」
カリンとは別のアプローチで、リンシャンはボクを大切に思ってくれている。
本当にボクは彼女たちに頭が上がらないね。
♢
《sideハク・キリン・キヨイ》
「どうなっている!!」
神の都に響く怒声、飛び交う混乱を知らせる。
警戒を知らせる鐘は鳴り響き、人々は我先にと逃げ場を求めて荷物をまとめて、各門へと殺到する。
「状況を知らせよ!」
ワシの怒声を聞いた者が膝を折って頭を下げる。
「はっ! 朱雀の軍勢を率いたメイ皇女様は行方不明。同行したヤマトは死亡が確認されました」
「なんじゃと! バルか? 王国の冒険者バルがやったのか?」
「いえ、男性冒険者ではありません。王国の者ではあるようですが、桃色の髪をした天女だったと報告がきております」
「桃色の髪をした天女? 何を訳のわからぬことを! 聖刀はどうなっておる?」
我が国の国宝ぞ。あれだけでも帰ってくれば、他はどうでも良い。
「現在聖刀クサナギは青龍の守護者様が回収されて、こちらへ輸送中と文が届いております」
「青龍の守護者は生きておるのか?」
「はっ! 死亡が確認されたのは、聖刀の守護者ヤマトと、剣豪イッケイだけです」
「剣豪を討ち取ったか」
「伝令! 玄武領にて、大規模な戦闘が開始され、玄武領半壊。玄武の戦巫女様、並びにカイドウゾウフ様の生死不明」
「なっ! なんじゃと!」
次から次へと急報が流れてくる。
白虎領では、イシュタロスナイツ第四席に格上げしたジュリア・リリス・マグガルド・イシュタロスによって、猛攻を受けていると白虎から連絡が来ている。
そのせいで、神都は北と西から強襲を受けて、てんやわんやの大騒ぎになっていた。
「朱雀の守護者。ならびに青龍の守護者にも他の領へ増援を送るように指示をだせ。これは皇太子の勅命である!」
「かしこまりました!」
伝令が飛び出していく朝廷内では、人が常に動いていた。
「一体どうなっておるのだ。五大老は大した相手ではないと言っていたではないか! 抑えられぬとは情けない!」
めまぐるしい状況変化は、ワシに己が身の振り方を考えねばならぬかと思考を巡らせ始めていた。
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