第328話 式典参加者 4

《sideアイリス・ヒュガロ・デスクストス》


 聖女ティアさんを連行しましたの。


 わたくしは三人を客間に案内して、休息を取ることにしましたの。休息している間の調査はディアスに任せましたの。


 まだ、薄暗い朝方、目が覚めて一人でわたくしはマニキュアを見つめますの。


「あの子も叔母様もいない。ノーラも意識不明の重体、どんどん家族がいなくなっていきますの」


 大人になるにつれて、仲間や友人が増えても、家族はどんどんいなくなっていく。

 大人になるということは、こういうことなのかもしれませんの。


 ただ、強さだけが特別に高いノーラに傷を負わせるなんて、どんな相手なのかしら? そんなことができるのは叔母様ぐらいだと思っていましたの。

 叔母様はいないと言うのにどうなっていますの?


 ふと、ベランダに出て会場に視線を向けましたの。

 朝の空気はひんやりとして、新鮮さを感じますの。


 そんな私の元に怪しい影が、ベランダに舞降りましたの。


「我が名は預言者ヨルカラス」

「無粋ですの」

「なっ!」


 名乗りを上げる無粋な仮装に興味はありませんの。


「乙女の部屋に訪れる姿ではありませんの。口説くのであれば、せめてドレスコート整えていらっしゃい!」

「くくく、それはすまないな。だが、今は一刻を争うのでな」

「わたくしには関係ないですの」


 ベランダに立った相手に、華麗に回し蹴りをお見舞いしましたの。


「ふん」


 それを飛び上がって避ける姿は優雅で、少しだけ見惚れましたの。


「へぇ〜いい動きをしますの。だけど」


 わたくしは《色欲》の大罪魔法を発動して一気に終わらせますの。

 《色欲》ならばどんな相手でも、言うことを聞かせれますの。


「なるほど、だから強気で居られるんだね。やるじゃないか」

「なっ! なんですの、その力は! それでは私と同じ大罪魔法ではありませんの!」

「ああ、そうだよ。少し、話を聞く気になってくれたかい?」

「うるさいですの!」

「ジャジャ馬だね。相変わらず」


 奇妙な衣装を身に纏ったヨルカラスは、わたくしに匹敵する大罪魔法の使い手であり、わたくしを圧倒する魔力を保有しいますの。


 距離が縮まり、わたくしはヨルカラスに捕らわれましたの。


「くっ! わたくしをどうしますの?」

「話を聞いてほしいだけだ」

「ふん、誰が、あなたのような無粋な相手の話を聞くと言うんですの?」

「絶対に聞いてもらう。そのために」


 わたくしは身構えて、攻撃を受ける覚悟をしましたの。

 ですが、わたくしが感じたのは、体が浮き上がる不思議な感覚でしたの。


「なっ!」

「今は二人きりで話がしたくてね。付き合ってもらうよ」


 階段を登るようにわたくしは、ヨルカラスにお姫様抱っこをされて空を飛んでいますの。


「こっ、こんなこと!」


 わたくしは空を飛べる魔法使いを知っていますの。

 

 だけど、あの子は死んでしまって、いつも太々しく、生意気で、わたくしの可愛いあの子だけ。


「アイリス・ヒュガロ・デスクストス嬢。あなたにお願いがあってきた」

「お願いですの?」

「そうだ。今から数日、もしかしたら数週間。迷宮都市ゴルゴンは、領主不在になってしまう」

「ノーラのことを言っていますの? 彼女は大丈夫ですの?」

「必ず、ボクが助けると約束する。その間の領主代行を任せたい」

「領主代行?」

「ああ、そして、聖女ティアは犯人ではない。そう王女エリーナが訴えることになる」

「それは! そう、そう言うことですの」


 わたくしは、目の前に現れた者を昨日の者たちの味方と判断していましたの。

 だけど、わたくしを圧倒する力。

 そして、王女エリーナを操ることができる者。

 それは限られたものだけですの。


「あなた、ユーシュン王の、手の者ですの?」

「それは言えない」

「まぁ素性などどうでもいいですわ。このような隠し球を持っていたなんて、ユーシュン王もやりますわね。ねぇ、あなたわたくしの物にならないかしら?」

「はっ?」

「わたくしは最愛の人を失いましたの。もう結婚しても良い歳になって、最愛の人を失い。新たな恋に生きようと思っていますの。見た目など気にしませんの。あなたの立ち振る舞いが優雅で美しいですの。わたくしに相応しい男だと思いましたの」


 まるで、リュークといるようなトキメキを感じますの。

 空の旅と、今後の展望を見据える仮面越しの瞳は、わたくしの胸をトキメかせますの。


「……君はボクが好きなのか?」

「そうですの。今、生きている人の中であなた以上にわたくしをドキドキさせてくれる殿方はいないと言い切れますの」

「そうか。なら、全てが終わって、君がボクを許してくれるなら。ボクも君を受け入れてもいいと思う」


 ユーシュン王の側近であっても、わたくしの魅力には勝てませんの。


「ふふ、何を許せと言うのかしら? 仮面の下は不細工で美しくないと? 別に構いませんの。私は確かに外見の美しさも好きですの。だけど、あなたの雰囲気と、心が好きですの」

「そうか」


 ヨルカラスは、ゆっくりと空の散歩を終えて、わたくしをベランダに下ろしましたの。


「それでは、聖女ティアを攻める検事側としての役目を頼む。そして、領主代行として通人至上主義教に批判的なことを言わないように。最後に仲間の間で裏切り者がいないのか注意してほしい」

「そこまで言えば、十分ですの。わたくしはバカではありませんの」


 ベランダに足がついて、ヨルカラスが飛び立とうとしましたの。


「お待ちになってほしいですの」

「なんだ?」

「手の甲にキスを」

「えっ?」

「誓いですの。あなたとわたくしの未来に」


 しばらくヨルカラスは固まっていましたの。

 そして、私の手を取ってキスをしましたの。


「誓いを。全てが終わり、君がボクを許す時、君を受け入れる」

「約束しましたの」


 全てが鬱陶しく感じていたのが、最後に幸せな気分になりましたの。


 そっと、部屋の中に感じた気配も消えましたの。


「裏切り者……ですの」


 やらなければいけないことがいっぱいですの。

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