第109話 お姉様との交渉
お風呂に入れて、ゴワゴワになっていた髪の毛を切りそろえたメルロは、幼女で可愛い印象になった。
ただ、胸元は女性らしい膨らみを持ち、年齢はボクの倍以上、力は普通の人間よりも遙かに強い。
「わっ、私はメルロ。ドワーフ族アントンとメリルの娘。鍛冶師として経験は30年を越えております。
これよりリューク・ヒュガロ・デスクストス様の下で鍛冶師の腕を振るわせていただきます」
それは形式的な挨拶ではあるが、ボクの前で膝を突いたメルロが自らの名をボクに捧げる。
「いいだろう。主従の契約はこれで成された。後はボクがお姉様と交渉するだけだ」
まさか、貴族としての衣装を迷宮都市ゴルゴンで早々に纏うことになってしまうとは。
強欲のゴードンに対して交渉を持ちかけるなど最悪でしかない。全てを持つ迷宮都市ゴルゴンの主。
さて、どうなることか……
「後は、ボクの仕事だ」
ホテルを出たボクは、シロップが御者をする馬車へと乗り込んだ。
「本当に行かれるのですか?」
「ああ、これは将来のボクのためだからね」
メルロを手に入れるために少しだけ準備をした。
スラム街でメルロを拾ってから、すでに一週間が経とうとしている。
「くれぐれも自分の身をご自愛ください。リューク様に何かあれば私は」
「わかっている。今回の局面では一番の難所になるだろうからね」
迷宮都市ゴルゴンには、山のように巨大でありながら、豪華絢爛な建物が一つだけ存在する。塔がなければ、もっとも高い場所にある部屋に到るには、来客者を歓迎しているとは思えない長い最上段も見えない階段を上がらなければならない。
ボクにはバルがいるので関係はないけどね。
「お待ちを、名をお願いします」
バルに乗って最上階に到着したボクを、門番をしているムキムキマッチョに止められる。
「リューク・ヒュガロ・デスクストスだ」
「はっ!」
口数の少ない門番が、他の者へボクの名を告げに奥へと進んでいく。
「こちらへ」
門番の代わりに現れた、執事服を着たムキムキマッチョに連れられて中へと入っていく。
ここにはムキムキマッチョしかいないのかな?なぜにメイド服を着たムキムキマッチョが掃除をしていた。
「リューク・ヒュガロ・デスクストス様のご参上」
「開門」
巨大な門がムキムキマッチョ5人で開かれていく。
扉の先にはまた階段があり、最上段にはお姉様が豪華な椅子に腰を下ろしている。
「あら〜リュークちゃんじゃない。わざわざ会いにきてくれたのね」
「本日は、お会い頂きありがとうございます」
「いいのよぅ〜リュークちゃんと私の仲じゃない。それに、私の可愛い子猫を拾ったのでしょ?」
やはりお姉様にはお見通しのようだ。
「はっ、面白い人材を拾いました。本日は、お姉様に人材を発掘した際に貰い受ける許可を頂きたくてまいりました」
「ホホホホ、リュークちゃん。私の物を奪おうというのかしら?」
部屋全体に殺気と威圧が吹き荒れる。
本来のお姉様は、常に威圧を放っている。
今は、殺気も上乗せされて、弱い者であればそれだけで心臓が止まってしまう。
「この都市に来た者は例えスラムの者であろうと私の物よ。底辺がいるからこそ、そうなりたくないと思う人々は輝きを増していくの。あなたに分かるかしら?」
鋭い眼光が階段の上から見下ろすことで、更に強く感じてしまう。ボクは、深々と息を吐いて浮かび上がる。
「近くに行ってもいいですか?」
「いいわよ。来れるならね」
それは今までの威圧とは異なる、金色の魔力が放流を始めて階段を包み込む。
正真正銘なる大罪魔法の
ゴードン侯爵家のお家芸とでも言えばいいのか、ボクが進むことを拒否している。
「通りますね」
ボクは紫の魔力で自分の身を包み込んで、吹き荒れる《強欲》の魔力に身を投じる。
「あら?ホホホ、テスタの坊やが使えるのは見たけれど、あなたもなのね」
最上段に上がると、足を組んだお姉様が座っている。
相変わらずキツイ匂いがお姉様からしてきて、辛い。
「本日は、お姉様にプレゼントをお持ちしました。消臭」
ボクはずっと思っていたことがある。
お姉様は臭い。香水をつけすぎて臭い。
クリーンの応用で編み出した。
消臭によって香水の香りを消臭してしまう。
「あら?何をするのかしら?」
「お姉様は香水の使い方を間違っています」
ボクは今までの威圧など関係ないとばかりに、座っているお姉様の顔に近づいて匂いを嗅ぐ。
「女性の匂いを嗅ぐなんて、変態ね」
「お姉様自身は臭くありません。
では、なぜそんなキツイ香水をつけているか?女性らしい香りに包まれていたいからだと思います。
ですが、使い方を間違えると匂いは不快です」
ボクは懐から小瓶を取り出して、お姉様に蓋をとって近づける。
「あら、柑橘系の良い香りね」
「はい。お姉様でしたら、柑橘系の爽やかな香りや、ミント系のスッキリする香り、あとはラベンダーの落ち着ける香りが良いと思いますよ。
匂いがキツすぎて威圧を振りまいてしまっていますよ」
ボクは三つの小瓶をお姉様の前に並べて、一つ一つをお姉様に近づけて匂いを嗅いでもらう。
「どれも悪くないわね」
「お姉様には、上品な香りの方が素敵だと思いますよ」
「上品で素敵、ホホホ……やるわね。リュークちゃん惚れてしまいそうだわ」
「こちらの品々は、お姉様への献上品です。
調合は、ボクがした最高傑作です。いかがですか?」
これは賭けだ。お姉様が気に入れば話しがスムーズに進む。だが、何かしらのこだわりがあり、配慮が足りていなければ怒りを買ってしまう恐れすらある。
「リュークちゃん…… あなた……」
お姉様が身を乗り出して、ボクへ近づいてくる。
「いいじゃない。ホホホ、実はね。アイリスちゃんに聞いていたのよ」
「アイリスお姉様?」
「ええ、私、アイリスちゃんと仲良しなの。
あなたがお手製のマニュキュアをプレゼントしたときは凄く自慢されたのよ!
私も欲しいっておねだりしたんだけど、アイリスちゃんったら、絶対にくれないのよ。ズルいと思わない?
だけど、これで私もアイリスちゃんに自慢できる物ができたのね」
意外な繋がりに唖然とした表情をしてしまう。
そんなボクへ、お姉様が微笑む。
「最初から、あなたの申し出は受けようと思っていたのよ。
だけど、あなたの力、資質、才覚を見せてほしかった
。
大罪魔法で見せた力。
私へ対する態度に現れた覇道を歩む者の資質。
香水という女性の心を掴む才覚。
どれも合格点を上げるわ。
この都市にあるもので、あなたがほしいと思う物があれば、私の許可など取りに来なくても持っていきなさい。
その代わりに、あなたが歩む未来を見せて頂戴。
きっとあなたなら私を楽しませてくれるのでしょ?」
お姉様が最後に見せた金色の瞳は、威圧などよりも遥かに恐ろしい何かを映しているように見えた。
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