第12話 ある執事の独白

【Side名も無き執事】


 もう引退して余生を送る私ではありますが、曖昧な記憶について話をしたいと思いました。


 それを思い出そうとすると、身の毛もよだつ恐ろしさを感じるのですが、ハッキリとどんな思い出だったのか思い出せないのです。


 ですが、私の命も残り僅かとなって……やっと私はあのときのことを鮮明に思い出すことができました。


 もう十数年前になりますが、あの頃に生きていた者は半分以上が亡くなりましたので、お話しても許されるのではないでしょうか?

 これは死ぬ寸前の旅路に少しばかり花を添えるため、誰かに聞いてもらいたいと話す世迷い言としてお聞きください。


 ♢


 若い頃の私には野心がありました。

 下級貴族の三男として生を受けた私は自らの才覚だけでのし上がる必要があり、デスクストス公爵家の執事として教育を受ける道を選びました。


 王国が誇る二大公爵の一角。


 国一番の富を持ち、文にて国を管理する宰相家は厳しくも勤めることが誇らしい場所でありました。


 私が勤めさせて頂いた頃は、宰相家は栄華を極めており、執事の数も300を越えておりました。


 歳を取り、時代が変わる頃。


 私は第二子息様付きの執事として選ばれました。

 第二夫人は大食感であり、別邸では多くの執事とメイドが、昼夜問わず料理とデザートを作っては運ぶという作業が毎日でした。


 そんな奥様が妊娠され、私が仕えることになるリューク様が誕生したときは、デスクストス公爵家でお祝いをして、賑やかな日々でした。


 デスクストス公爵家としては、テスタ様、アイリス様に続く三人目のお子でありました。

 腹違いではありますが、今後のデスクストス公爵領を支えるお方だと私も真心込めてお世話をするつもりでした。


 ですが、リューク様が生まれた後。

 あれほどお元気に食事を取られていた第二夫人が、病死されたのです。

 あまりにも不自然な死に方ではありましたが、私がお世話をするリューク様に仕えることは変わりません。


 リューク様はお母様がいないため、寂しい思いをしたかもしれませんが、五年間は平和な日々であったと言えるでしょう。


 ですが、私を絶望に落とすご命令が、ご当主様から承ったことで事態は一変しました。


「リュークを殺せ。方法はこれを使うがいい」


 当主様が差し出したのは小瓶で、その中には毒が入っていると言われました。

 今まで、手塩にかけて育ててきたお坊ちゃまの暗殺。

 断れば私も殺され、他の者がことを成すことになる。


 私は一晩だけ涙を流して決意をしました。

 リューク様の誕生日に毒を盛る。


 一度で終わってほしい。

 そんな願いを込めて、何も知らずにご馳走を食べるリューク様のお皿に毒を盛りました。


 リューク様は食事の途中で倒れられて、私は顔面蒼白になりながらもリューク様をベッドへ運んでお医者様を呼びました。


 お医者様は当主様が手配しているので、毒のことは一切触れることはありませんでした。


 これで終わったのだ……私は自分がお世話をしている主を殺してしまった。


 そう……思っていたのに、次の日リューク様が目を覚ましてしまわれました。


 私は愕然としながらも、またやらなければならない。

 覚悟を決めて、気持ちを切り替えました。

 その日から食事に毒を盛るのですが、リューク様は体調を崩されるだけで死ぬことはありませんでした。


 むしろ、健康を気にするようになられて、食事まで自分で作るようになられたのです。


 私は当主様から与えられた任務を失敗したことを悟りました。

 失敗した執事など殺されてしまうのではないかと、日々、怯えておりました。

 ですが、何かあるのではないかと思う私に対して、当主様はそれ以降、何も求めては来ませんでした。

 リューク様への関心を無くされたのか、殺せと命じた以外の全ての事に無関心になられたご様子でした。


 六年が過ぎ、私は何事もなく日々が過ぎていくのだと信じておりました。


 そして……リューク様が11歳になられた頃。


 ふと、気づくと目が塞がれて縛られておりました。


「やぁ~執事長」


 暗闇の向こうで聞こえる声は、紛れもなくリューク様の声でした。

 ですが、目を塞がれた私には声だけでしか判断出来ません。


 いったい何が起きているのか理解できない。


「ボクはね、考えたんだ。

 どうしてリュークはキモデブガマガエルに成長したのかなって。

 普通に成長していけば確かに太っちょにはなっただろうけど、あそこまでヒドイ顔にはならなかったと思うんだ」


 何を言っているんだ?リューク様は綺麗なお顔をされている。

 体も健康に育っているではないか?

 キモデブガマガエル?意味がわからない。


「きっとね。ボクに毒を盛った人がいるんだよ。シロップが言ってたんだ」


 どうしてシロップが毒のことを?私以外には誰も知らないはずなのに。


「毒の中には顔を変形させる効果があるんだって……それで考えたんだ。食事に細工できる人は誰だろうって?作ってる人かな?それとも給仕してくれる人かな?」


 私は唾を飲み込みました。


 リューク様は完全に私が犯人だと確信を持っておられるご様子です。


 もうダメだ。


「わっ私は」

「うん。わかってるから、きっと父様から命令されたんだよね」


 どうしてそれを!!!

 本当に……私に話しかけているのはリューク様なのだろうか?

 美しく健康的に育ったリューク様は、笑うと陽だまりのように暖かく、公爵家の癖のある人たちとは違って、どこか平凡なお方のはずだ。


「執事長、君だよね。毒を入れたのは?」

「おっお許しを!」


 ウソをついても通じない。

 私に出来るのは許しを乞う事以外ありませんでした。

 それは罪悪感を抱えていた私へ審判が下されるときが来たのだと思いました。


 でも、何故?

 11歳の少年に当主様と同じだけの威圧を感じてしまうのは……


「うん。許すよ。でも、罰は受けてもらうね。大丈夫だよ。命は取らないし、仕事も奪わない」

「何をなさるのですか?」

「君に【怠惰】をプレゼントしてあげる」


 それ以降、私の記憶は曖昧になりました。


 ふぅ~以上が私の独白です。


 どうして忘れていたのか……今となってはわかりません。

 ですが、あの方こそがデスクストス公爵家の血を引いていることは間違いないと今の私ならば確信できます。


 さて、少し疲れました思い残すことも、もうありませんから眠らせていただきます。



「ああ、最後に一言……」



「退屈は何よりも恐ろしい」



「おやすみなさい。やっと解放されるのだ。退屈と言う名の牢獄から……」





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