第98話 愚痴

 0クラスの馬車は四つのグループに分かれている。


 ・ボクを合わせた6人が乗る馬車

 ・タシテ君が乗っている貴族派で固まった4人。

 ・王権派のリンシャン配下にダンを加えた5人。

 ・エリーナの従者と残った女子で固まった5名。


 合計20名に対して、冒険者は各チームに一人だけとなっている。

 シーラス先生ともう一人の先生が引率として同行している。合計22名+従者と冒険者といった組み合わせの30名ほどの一団で行動をしている。


 ボクらの馬車は最後尾を走っていて…順番的には……


 エリーナグループ+シーラス先生

 ダングループ

 タシテグループ+引率の先生

 ボクのグループ


 といった感じだ。


 シーラス先生はエリーナと共に先頭の馬車に乗って案内も兼ねている。引率の先生はタシテ君のところへ乗り込んだ。数が少ないという理由だが、貴族派を監視するためなのだろう。


 馬車同士は距離を保っているので、100メートルぐらいの一団となって走っている。

 馬たちにも休息がいるので、だいたい一日に進む距離は50㎞ぐらいだそうだ。

 七日間で350㎞ぐらいを馬車で進むことになる。


 随分とのんびりとした旅ではあるが、王都から出るのがボクは初めてなので、気分的には異世界の風景を楽しんでいた。

 森や山、草原などにも魔物が現われるので、ボクは相変わらず魔法の訓練を兼ねてオートスリープを発動している。


 一年次の時は、半径30メートル以内しか魔法の範囲を保てなかった。

 今では、寝ていても半径50メートルまで魔法を発動できるようになった。

 タシテ君には魔物が近づいても眠らせていることは伝えているので、レベルを上げたければ倒して良いと伝えている。


「全然魔物が出ませんね」

「それはそうでしょ」


 ミリルの疑問に対して、ボクの魔法を感じられるリベラは答えに気付いているようだ。


「リベラは出ない理由を知ってるの?」

「あなたはリューク様と一年次でチームを組んでいたでしょ?」

「えっ?まさか」

「そのまさかよ」

「なぁ、何?なんなん?ウチ、ダーリンと違うチームやったから知らへんよ」


 アカリに説明をするリベラの話を、ボクは聞き流して夜の休息に入った馬車から降りて身体を伸ばす。

 バルのお陰で疲れることはないが、やはり退屈ではある。


「リューク」


 名を呼んだのはリンシャンだった。


「君か…… どうした?」

「聞いておきたいことがある」

「なんだ?」


 野営の準備が始まる中で、僕はマジックポーチからテントを取り出して準備していく。リンシャンはボクが用意する姿を何度か見たことがあるので驚いていない。


 細かな準備はシロップとクウに任せて、リンシャンと話すためにテントから距離を取った。推しである彼女の質問を聞いてみたいと思ってしまう。


「お前は…… どうするつもりなんだ?」

「どうするとは?」


 あまりにも漠然とした、リンシャンらしくない質問で意味が理解できなかった。


「私は…… お前を支えたいと思い始めている」


 ボクの思っていた質問とは明らかに違う。

 リンシャンの告白?良妻賢母…… 一年次のキスがキッカケになったか?

 それともアクージのことか…… ボクはリンシャンを…… 推しを助けたいと思っただけだった。


 それが一番正統なルートである、リンシャンとダンの関係を壊してしまっていた。

 だから、リンシャンは馬車に乗ったのか…… ここでもボクは種を蒔いてしまっていた。


「だからこそ、聞いておきたい。お前は王国をどうするつもりなんだ?デスクストス公爵のように王位を狙うのか?それとも王権派のように、今のまま王国を維持してダンジョンの脅威から人々を守るのか、聞かせてほしい」


 彼女は真面目であり、正義の人だ。

 なら、まだ間に合うならここで……


「ボクは何も望まない。ただ、婚約者と穏やかな日々を望むだけだ」


 それはウソ偽りのないボクから出た本心だ。


「……ふふ、それはいいな」


 リンシャンの笑顔に力はない……

 何も望まない平和はリンシャンの境遇からはあまりにも遠い話だ。


「それじゃ…… 私は……」


 背を向けるリンシャン……


「ただ、ボクがいくら平和で穏やかな暮らしをしたいと言っても、何故か、誰もそれを信じてくれないんだ」

「えっ?」


 立ち止まって、こちらを見るリンシャンの姿に…… ボクは少しだけ愚痴をこぼしてしまう。


「おかしいと思わないか?


 そうだな。最初にボクが、のんびり暮らしたいと言ったのを信じなかったのは、専属メイドのシロップだ。


 いつか大きなことを成さる人だと言って、のんびりしたいと言っても信じてくれないんだ。

 だから、少しでも喜んでほしくて、ボクはいつの間にか【怠惰】なのに頑張ってしまっていた」


 ハァ~これは誰にも言わないつもりだった。

 言ったところで誰も理解してくれない悩みだ。


「次にグリコ師匠だ。幼かったボクにとって魔法を親切に教えてくれたかけがえのない人だ。


 カリンが加わり、リベラ、タシテ君が勝手に忠誠を誓ってきた。まぁミリルやルビーに関して、最初は何故慕われているのかわからなかったけどな」


 ボクは、リンシャンに何を伝えたいのか……


「この間は、アカリが妾として押しかけてきたんだ。

 色々あって命を助けることになった。

 そしたら、今度は商人や教会まで…… ハァ~ボクは静かに暮らしたいだけなんだけどな」


 今まで誰がボクの愚痴をちゃんと聞いてくれただろう。

 シロップは聞いてくれるけど……結局、信じてくれなかった。カリンはボクの望みを叶えてくれるけど、どこか期待した目で見てきた。


 リンシャンはどう言うだろうか?他の人たちのように勘違いしていくのか……期待した目をするのか……


「……それは大変だな」


 そう言って優しい瞳をボクに向けた。


 ああ、そうか。


 ボクは、ただ大変だねと、共感してほしかっただけなのかもしれない。


「ああ、大変なんだ。だから、めんどう事が一つや二つ増えたところで…… ボクは、もう気にしない」


 ただ、リンシャンの瞳を見つめる。


「それは…… しかし」

「人生は一瞬だ。ボクは《怠惰》を守るために、自由に生きる。リンシャン、お前も好きにすればいい」


 もう伝えたいことは全て伝えた。

 これ以上の道は、リンシャン自身で選ぶことだ。


「やはりお前は強いな。私が出会ってきた誰よりも…… 強く…… 優しく…… 人を惹きつける。だからこそ、私は戸惑ってしまうよ。

 お前に惹かれて、私は私でいられるだろうか?今までの全てを捨てる覚悟をしてもいいのか……」


 それは問いかけなのか、ただ気持ちが漏れ出ただけなのか…… ボクが言える言葉は一つしかない。


「好きにすればいい」


 リンシャンはボクの言葉を聞いて、ただ胸の前で手をギュッと握って笑っただけだった。

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