第99話 到着 迷宮都市ゴルゴン

 あの会話以降、リンシャンから話しかけてくることはなかった。ただ、ボクがモーニングルーティンをしているとき、望む前に飲み物やタオルがクウから差し出されるようになった。


 その前にリンシャンがそっとクウへ近づく姿が見えている。


 リンシャンはあれから何も言わない。

 ただ、ボクが望むことを考えてくれていることが伝わってくる。行動の端々でボクへの気遣いが見てとれる。

 他のヒロインたちを押し退けて前に出ることはなく、ヒッソリと寄り添うようにそこにいる。


 他のヒロインたちが話をしているときも、会話には参加しているが、どこか距離を取り、壁の花のようで……それが彼女らしさなのだろう。


「皆さん。そろそろ到着しますよ」


 シロップに声をかけられて外の景色を見れば、迷宮都市ゴルゴンの門が近づいていた。

 門は豪華と言うよりも堅牢で、まるで囚人を逃さないために固く閉じられている様に感じられる巨大な門だった。


 七日間に及ぶ、長い旅も終わりが近づいている。

 街が見える少し前から遥かに高みへ伸びる塔が見え始めていた。


 マジックポーチのお陰でテントやトイレ、お風呂にも困ることがなかった。洗濯はクリーン魔法のおかげでほとんど必要ない。異世界の生活環境には疑問があったが、快適な旅路になった。


「凄いですね」

「どうしたん、ミリル?」

「私、マーシャル領から王都に出てくるとき、魔物に襲われたんです。

 そのときにお母さんとはぐれてしまって、商隊の人たちも数名犠牲になったんです。それなのにリューク様がいるだけで、一匹も魔物に遭遇することがありませんでした」


 ミリルは苦い記憶を思い出しているのだろう。

 悲痛な表情を一瞬だけ見せた。

 すぐに表情を引き締めたが、それは彼女の強さを表していた。


「そやね。ダーリンは凄いことをしている。だけど、いつかダーリンがおらんでも、そうなれるような世界にしたい。ウチはそう思ってるんやで」

「アカリ?」

「ウチは、研究者や。色々な物を発明する。その中には人を守る物もたくさんある。まだまだ兵器みたいな物ばっかりやけど。

 いつかは魔物の脅威から人を守れるダーリンみたいなことが出来る物を作りたいって思ってるんや」


 人にはそれぞれ夢がある。


 ミリルが医療で人を助けたいと思うように、アカリにはアカリの夢がある。


「奇遇ね。私も魔法でそれが出来るように研究しているところよ。アカリには負けられないわね」

「ウチだって、負けへんよ」


 それはリベラも同じで……


「ニャハハ、二人には期待してるにゃ。私はそれまで魔物をいっぱい倒して人を守るのにゃ」


 ルビーも出来ることをしようとしていた。


 彼女たちは彼女たちの夢を追いかけながら、今を生きている。それはボクに頼ることなく、自分の道を歩いていると言えるだろう。


「それにしても迷宮都市ゴルゴンってデカいんやね。王都よりも大きいんちゃう?」

「そうかもしれないな。塔のダンジョンだけでも、学園ぐらいは大きさがあると聞いたことがあるぞ」


 アカリの質問にリンシャンが答えて、彼女たちの関係性も七日間で随分と距離が近づいたように感じる。


「リューク様は、王都を出られるのは初めてだと思いますが、この旅はいかがでしたか?」


 リベラの問いかけによって、ボクにみんなの視線が集まってしまう。


「そうだね。案外、楽しかったよ」


 カリンが居てくれたらもっと楽しかったと思う。

 やっぱり、カリンの食事が食べられないことが一番辛いかな。


「皆さん、門を通ります」


 シロップの声によって迷宮都市ゴルゴンに入ったことを知らせられる。

 巨大な門は、人を守るための物なのか、それともダンジョンから溢れた魔物の行進を止めるための物なのか、最強のお姉様が鎮座して待ち構えているように思える。


 ゴードン侯爵家だからこそ、魔物の脅威から街を守り続けられている。


 マーシャル公爵家が騎士の家系とするならば、ゴードン侯爵家は強欲な家系と呼ばれている。

 富も、地位も、名誉も、力すらも欲する強欲の化身。それこそがゴードン侯爵家の血筋であると……


「凄いにゃ」

「ホンマやね。ウチも来るのは初めてやけど。絶対来たい都市やと思っとったから嬉しいわ」


 街は様々な鉱物で作られた家々が並び、迷宮都市ゴルゴンの別名である【職人の街】がそこには広がっていた。

 多くの鉱物が取れる塔のダンジョン。

 その鉱物を求めて集まるのは冒険者だけじゃない。

 商人や職人など様々な人々が集まり街を作っているのだ。


 そして、ゴードン侯爵は彼らから税を取ってはいない。


 求めるのは彼らの作品や、貴重な鉱石、レアアイテムたち……強欲の家系に恥じない求めに人々は惹きつけられた。


「凄いですね。ここにしかない魔導具もあるのでしょうね」

「商売人の血が騒ぐわ!」

「あの武器は何にゃ?」

「うわ~キラキラした透明なガラスが色々に染まっているんですね」


 リベラは魔導具や魔法道具。

 アカリは発明品や商売の市場調査。

 ルビーは手頃な武器。

 ミリルはステンドガラス。


 それぞれの興味が惹かれる物に視線を向けている。


「シロップ」

「はい」

「到着したら、冒険者たちはどうするんだ?」

「今回は引率の依頼ですので帰りません。滞在します。ダンジョンに入る際も護衛を務める者もいるそうです」

「そうか……なら、仕事を頼まれてほしい」

「もちろんです」


 ボクは冒険者としてシロップが参加してくれたので一つ仕事を頼むことにした。


「なら、精霊族を探してほしい」

「精霊族をですか?」

「ああ、ドワーフと呼ばれる鍛冶職を得意としている者だ。男性でも、女性でも、どちらでもいい。ボクの元へ来てくれる奴がいないか探ってくれ」

「かしこまりました」


 ボクが修学旅行などというめんどうな強制イベントを少なからず、楽しみにしていたのはドワーフに会えるかもしれいないと思ったからだ。

 彼らは、亜人族の中でも気難しく、王都を嫌って一人も住んでいない。


 だが、今の教会なら王都に彼らを連れて行っても問題なく働けるはずだ。


 そうすれば……二年後の立身出世パートになったとき、もう少し楽に生き残る道が探せるだろう。

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