第130話 俺のしたいこと

《sideダン》


 臨時講師として、ガッツさんが来られて指導が始まった。初日に一悶着を起こしたガッツさんだったがリュークに負けてからは普通の指導を始めた。

 あの日以来、リュークには何も言わなくなった。

 初日と同じように揉めるかと心配していたけど、そんなことは起きなかった。


 ガッツさんが暴れた次の日。

 姫様は物凄く疲れた顔をしていた。

 兄妹でケンカでもしたのかな?


 最近は、二人との距離を感じ始めている。


 俺から二人と距離をとっているのか……

 今までは理解していたつもりだった。

 だけど、最近の二人の態度は考えていることがわからなくなってきている。


「ダン先輩!」

「ハヤセか……」


 突然、顔を覗き込まれたが最近は慣れてきた。


「なんっすかその態度は!可愛いハヤセっすよ。元気ないっすね」

「ちょっとな」

「うん?ふ〜ん仕方ないっすね。私がダン先輩の悩みを聞いてあげるっす」

「悩みっていうか、自分でも何がなんだか……」

「いいから!思ってることをそのまま言葉にすれば良いっす!」


 ハヤセに頬を抓られて気持ちを語らさせられる。


 幼馴染として育ってきた姫様への想い。

 ガッツさんの理解できない行動。

 今後のマーシャル領への想いなど。


 考えていたことをそのまま口にした。


「うむ。ダン先輩はどうしたいんすか?」

「えっ?」

「リンシャン様は貴族様っす。恋心があっても叶うとは思っていないと思うっす。ノブレス・オブリージュっす」

「なんだそれ?」

「持てる者の義務っす。貴族である以上は民の模範となって義務を果たす必要があるっす。

 だから、リンシャン様はカッコいい女性っす。

 だけど、ダン先輩は平民っす。

 自分の道を自分で選ぶことができるっす。

 人のことを考えるのは人間関係を考える上で大切っす。

 ですけど、ダン先輩が自分自身でどうしたいのか考えた方がいいっす」


 俺自身が何をしたいのか?


 父さんが守ったマーシャル領を守りたい。

 姫様とは友人であり続けたい。

 ガッツさんを本当の兄貴だって思っている。


 俺がしたいこと……


「やっぱり俺は強くなりたい。強くなってリュークに勝ちたい」

「えっ?リューク様っすか?」


 ハヤセにしては珍しく驚いた顔をする。


「ああ、俺はこの学園に入ってすぐにリュークをバカにして瞬殺されたんだ。俺はリュークに認められたい。

 あいつを倒して俺がダンだぞって言ってやりたいんだ。

 ガッツさんの戦いを見て、まだまだリュークの背中は遠いってわかったけどな」


 レベルはリュークの方が低かった。

 それに《再生》を持つガッツさんに再生をさせる前に倒した技量は圧倒的だった。


「……そうだったんっすね。なんだか意外っす」

「そうか?」

「はい。デスクストス家のリューク様を嫌っているのかと思ってたっす」

「そんなことはないさ。リュークのことを俺は尊敬しているよ」

「そうだったんすね」


 ハヤセは考え込むように、腕を組んで黙ってしまった。


 俺は強くなる。


 やっぱり俺のしたいことはそれなんだ。

 聖剣を手に入れて、レベルも上がってきた。

 アーサー師匠にも最近は強くなったと言われるようになった。

 シーラス先生からも、魔法は十分理解できていると言われた。


 それに…… 守りたい者もできた。


「あれって?」


 ハヤセの声で俺が視線を向けるとガッツさんと話しているマルリッタがいた。

 マルリッタはガッツさんの前で頬を染めて、モジモジとしていた。


 その顔は、俺と話をする時とは違う顔をしていた。


「そういうことっすか」

「うん?何がだ?」

「いえ、こっちの話っす。ダン先輩はマルリッタと模擬戦をしていますが、マルリッタを好きなんすか?」

「なっ!そんなことはない!まぁ綺麗だと思うし才能のあるやつだから力になってやりたいとは思うけど」

「好きじゃないならいいっす」

「なんなんだよ」


 ハヤセから他の女子が好きかって…… それってハヤセは俺を気にしているのか?いつもからかってくるだけなのに?


「あ〜ハヤセちゃんとダン先輩だ〜」


 間延びした声で、こちらに向かってきたのはナターシャちゃんだ。


「ナターシャちゃん!珍しいね。訓練所に来るなんて?!」

「そんなことないですよ〜私だって授業で訓練所を使うことありますよ〜」


 独特のイントネーションで話すナターシャちゃんは、こちらの気が抜けてしまう。そこが可愛いんだけど……


「そうだよね」

「キモいっす」


 えっ?


「ハヤセちゃんな〜に〜?何か言った〜」

「なんでもないっす。ナターシャは可愛いからいいっすね。ダン先輩もデレデレっす」

「え〜そんなことないよ〜ハヤセちゃんの方が可愛いよ〜。ねぇ〜ダン先輩〜」


 えっ?どっちが可愛いかを俺が決めるのか?いやいや、今のは質問だからハヤセに対してだな。


「おっ、おう!ハヤセも可愛いぞ!」

「うわっ!ダン先輩キモいっす。めっちゃ言わされてるっす」

「そっ、そんなことないぞ!本当に俺は!」

「もういいっす。ナターシャとよろしくやってればいいっす」


 ハヤセは走り去ってしまった。

 追いかけたいけど、ナターシャちゃんを放って行くのも……


「ダン先輩〜ダメじゃないですか〜ハヤセちゃんを追いかけないと〜」

「えっ?」

「女心を〜、ちゃんとわかってくださいよ〜」


 行ってもいいのか?


「わっ、わかった!行ってくる」

「ふふふ、がんばって〜」


 ナターシャちゃんは何を考えているのかわからないけど、やっぱりいい子だな。


 俺はハヤセを追いかけたけど、見つけることができなかった。



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