第180話 信じろ

 属性魔法が凝縮してルビーの父親を飲み込んでいく。

 魔法の暴走は、終息へ向かっていく


「お父さん!」


 母親を抱きしめるルビーが、泣きそうな声を出す。

 そんなに何度も泣きそうな声を出すなよ。

 お前の旦那様は、そんなに頼りにならないか?


「信じろと言っただろ」

「旦那様!」


 ヘタったノーラの魔法解析は終わっている。


「バル。ボクの全身を包み込んでくれ」


 顔にもバルを纏って、バルの外へ【闇】を纏う。


「バル。行こう」


 ノーラの魔法は欲しい物を引き寄せる。

 

「ルビー。お前の魔法が必要だ」

「私の魔法にゃ?」

「ああ。お前の【風】が、お前のお父さんを助けるんだ」

「わかったにゃ! やってみるにゃ」

「ルビーがボクを守ってくれ」


 ルビーの【風】がボクを守ってルビーの父親が作った【嵐】を退ける。


「バル。行こう!」


 ボク自身が、ルビーが作り出した風になり、【嵐】の中へと飛び込む。

 バルとノーラの【闇】がボク自身を守ってくれる。


「お父さんをお願いしますにゃ!」

「信じろ」


 ボクは全力で飛び上がった。【嵐】は天災だと言われるほど、強い力だ。

 ルビーが【風】によって【嵐】の流れに合わせて暴風の隙間を通り抜けるさせる。バルがボクが傷つかない様に守り、ノーラの【闇】がルビーの父を引き寄せる。


「ぐっ!」


 【嵐】の中は真空になっていて、空気がなく。

 また上下左右から力の負荷がかかって、押しつぶされそうで苦しい。


「きついな。それでも捕まえた!」


 【闇】でルビーの父親を包み込む。【嵐】はボクを飲み込むように、ルビーの父親へと全ての力を凝縮させようとする。


「舐めるなよ! ただの属性魔法が、大罪魔法に勝てると思うな!!!」


 ボクは【怠惰】を爆発させる。いつものように使うのではなく。ただ魔力を全開にさせた【怠惰】を爆発させる。


 今まで溜まっていた鬱憤を晴らすように、【怠惰】は濃い紫の魔力となって【嵐】を中から吹き飛ばした!


 外からかかる攻撃には強い力も、中から破壊されれば弱いってことだね。


「ふぅ!スッキリした」


 それまで雪雲に覆われていた空模様が、晴れ渡り日差しが差し込んでいく。

 天候すら変えてしまう。両親の力は凄まじいエネルギーを含んでいた。


 ボクは、ルビーのお父さんを抱えて地面に降り立った。


「お父さん!」

「大丈夫だ。息はある」


 すでに息も脈も確認している。

 魔力を消費し過ぎて、魔力を枯渇させた状態で体調が悪くなっているだけだ。

 念のために回復魔法をかけて体の傷も治しておいた。

 お母さんの方も同じように治療をして、ボクはバルニャンに身を預けた。


「もう、これで大丈夫だ。あとは、二人が魔力を回復させて目覚めるのを待つだけだ」


 ボクは疲れ切ってもう寝たい。


「グフっ!」


 そんなボクの上に、ルビーが飛び乗ってきた。

 小さな体だと言っても、飛び乗られたらなかなかに衝撃がすごい。


「ありがとうにゃ! もうダメだって、本当は二人のこと諦めないといけにゃと思っていたにゃ! だけど、リューク様は本当に助けてくれたにゃ! ありがとうにゃ。ありがとうにゃ」


 泣きながら、何度も何度もお礼を言うルビーにボクは疲れ切った体で、なんとか腕を伸ばして頭をポンポンと撫でてやる。


「言っただろ。信じろって」

「言ったにゃ。言ったけどできないこともあるって思っていたにゃ」

「まぁ、そうだな。ボクは怠惰なんだ。もう疲れたから、寝ることにするよ。だから後の全ては任せていいかな?」

「任せるにゃ! 必ず旦那様を気持ちいいベッドまでお連れするにゃ。そのあとはいっぱい可愛がって欲しいにゃ!」

「ああ。楽しみだ」


 ボクは本当に限界がきて、眠りについた。


 ルビーの両親を助けるイベントまで、たどり着くなど思っていなかったけど。

 なんとかマーシャル領に来た全ての目的は果たす事ができた。


 それから三日間、ボクは全く起きる事なく眠り続けた。

 目が覚めたとき、立派な城の一室で目を覚ました。


「ふわ〜」


 大きな欠伸をして、体を伸ばすと体が痛い。


「痛っ!」

「どこか? 痛むのか?」


 そう言ってボクへ声をかけたのは、私服姿のリンシャンだった。

 アレシダス王立学園の制服か、戦闘用の鎧か、下着姿しか見たことがなかった。リンシャンが、普通の女の子みたいな服を着ている。


「リンシャン? ここは?」

「ここは、マーシャル領ソードにある。私の屋敷だ」


 あら〜どうやら、ボクはマーシャル家の本拠地に来てしまったようだ。


「大丈夫なの?」

「何がだ? ああ、父上の事なら心配しなくていい。リュークの姿はバルニャンによって守られてみられていない」

「そうなの?」

「ああ、バルニャンもだが、他の者たちもリュークの正体について誰も話さなかったからな」

「そうか、デスクストス家の人間が、マーシャル家にいると何かと大変だからね」

「私個人としては、気にしなくてもいいと思うが。父たちの世代には遺恨がありそうだからな」


 リンシャンが申し訳なさそうな顔をする。


「いいさ。家同士の話や、人の感情は一筋縄ではいかないものだよ」

「すまない」


 そのあとは、ボクが眠った後の話を聞いた。


 ルビーの両親は、無事に目を覚ましたそうだ。 

 マーシャル公爵にことの経緯を話して、【暴食の蝿】について継続して調査が続けられることになった。

 エリーナが、チリス領で見たこともあり、互いに情報の共有ができたようだ。


 ただ、ルビーの両親が暴走するきっかけになったのは、【暴食の蝿】よりも、【憤怒の魔王】が襲来したことに起因する。

 【暴食の蝿】を取り逃したルビーの両親は、追いかけながらチリス方面に向かっていたが、チリス方面から【魔王の住処】に戻る魔王と出会してしまい、やむなく力を暴走させた。


 しかし、魔王はあっさりと二人の暴走を回避して帰還してしまったため、暴走した二人だけが森を彷徨って暴れていたと言う。


 様々な展開が、不運にも交差して今回の事故を巻き起こしたと言うわけだ。


「二人が無事ならよかった」

「ああ、【暴食の蝿】と風雷神の暴走が終結したことで、迷いの森から溢れ出た魔物の行軍も終息に向かってくれた」


【暴食の蝿】がいなくなった後も、風雷神の二人が暴れてたことで、迷いの森の魔物たちは、帰る場所がなくて溢れ続けていたと言うわけだ。


「それはよかったな」

「ああ、結局。リュークの力に助けられてしまった。私は何度お前に救われるのだろうな」


 そっと、ベッドへ座り直したリンシャンが肩に頭を乗せる。


「リンシャン」

「もう、私はお前なしでは生きていけないぞ。お前が死ぬとき、私も共に死ぬ。だから、どうか一人で死んでくれるな」


 そう言ってリンシャンは、ボクの唇にキスをした。


 バンっ!


「あ〜!!!リンシャンが抜け駆けしてるにゃ!」

「今回はわっちも頑張ったでありんす!」

「そうです。私も頑張りましたよ」


 ルビー、ノーラ、エリーナが入ってきて、シロップまで現れる。


「今は、私が看病する時間だろ?」


 不満そうな声を出すリンシャン。彼女も随分と、溶け込んできた。


「ダメにゃ! 今回は私が全部を捧げる番にゃ!」

「わっちも、その、まだ何もしていないでありんす。最近読み出した、官能小説にも男女の営みが書いていたでありんす」

「エリーナ様、二人に負けていますよ。どんどん押さないと!」

「アンナ、うるさいです。わっ私だって!」


 なんだか、ドタバタとした女子たちの騒ぎにやっと終わったのだと実感してしまう。

 まだ、後処理や家に帰る準備などしないといけないけど、ボクは体の怠さとは裏腹に、気持ちはどこかスッキリしていた。


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