第181話 絆の聖騎士

《sideダン》


 辺境伯領へ、指揮官代理として派遣された俺は緊張していた。

 未だに、騎士としての称号は授かっていない。

 そのため、マーシャル家の名代として名ばかりの指揮官でしかない。

 もちろん、全責任を俺が背負うわけじゃない。

 マーシャル騎士団の先輩たちが指導してくれている。

 それでも、名代として緊張しないと言うのは無理だ。


「ダン先輩。緊張しているんっすか?」

「しょっ、しょうがないだろ! 俺は今まで大事な場面を任されることはなかったんだ」

「自信を持って欲しいっす」

「自信と言ってもな」


 ハヤセは、本来は戦闘が得意な方じゃない。

 後方で情報収集を得意としている。

 それなのに、俺のために一緒に来てくれた。

 ハヤセを守らなくちゃならない。重責が増えたように思えるが、俺の聖剣である絆の聖剣は、ハヤセとの思いを強く持つことで力を発揮できる。

 リュークによってタメの長さを指摘されたことは、訓練とともに改善をしているところだ。


「ダン先輩、あちらさんが来たっす」


 ハヤセに声をかけられて、バイオレット騎士団が姿を見せる。

 全員が青みがかった紫色の鎧で全身を包み込む。

 馬にまたがる姿に威圧が込められているように感じる。


 各貴族には専属の騎士団があり、マーシャル騎士団も、余所ではレッド騎士団と呼ばれている。正規の騎士たちは皆真っ赤な鎧を身に纏っているからだ。


「あなたがマーシャル領の騎士隊長か? 随分、若いな」


 そう言って声をかけてきたバイオレット騎士団団長が、フルメタルアーマーの仮面を外した。アイリス・ヒュガロ・デスクストスにも負けない美貌をした女性の顔が現れる。


「!!!」

「あら、女性だと思っていなかったのかしら?」

「ダン先輩!しっかりするっす!」


 見惚れているとハヤセに尻をつねられる。


「イテッ!」

「うるさいっす」

「ふふ、随分若い指揮官ね。それに可愛い彼女連れ?」

 

 ハヤセのおかげで緊張がほぐれた。


「マーシャル公爵様が手を離せないため、名代としてやって参りました。名誉騎士見習いダンと申します」

「名誉騎士見習いのダン? もしかしたら、あなたのお父さんはダンケルク殿かしら?」

「はい! 父をご存知なのですか?」

「ええ。あなたのお父さんには、私たちも助けて頂いた方ですからね。そう、ダンケルク殿の息子さんがこんなにも大きくなられたのですね。私はベルーガ辺境伯の娘でオリガと申します。以後よろしく頼むわ」


 大人のお姉さんといった印象を受けるオリガさんは、バイオレット騎士団の騎士団長をしているそうだ。

 迷いの森から溢れた魔物たちは、すでに討伐を半分ほど終えていてマーシャル領へ救援に向かうところだったと言う。


「こちらの方も随分、魔物の流出が少なくなっているわね」


 マーシャル騎士団と共に行軍を続けている間に戦闘は数回行われたが、大規模な決戦をしていない。

 それだけマーシャル公爵様が受け持った迷いの森が激しい攻防になっていることを意味している。


「はい。こちらに来るにつれて少なくなっているように感じます」

「そう。マーシャル公爵様が、迷いの森からの流出を食い止めてくれているのね」


 マーシャル公爵様が、迷いの森へ。

 リンシャン姫様がチリス領へ向かったことを伝えて、現状の報告を終えた。

 

「そう、ここまで魔物の行軍が弱くなっていると言うことは行軍も終結へ向かっているのでしょうね」


 俺はここに来て責任に押しつぶされそうになっていた。

 ただ、オリガさんが言うように、迷いの森が終結に向かっているなら安心だ。


「時に、ダンくん。君はアレシダス王立学園に通っているのかしら?」

「はい。来年で最後ですが」

「そうなのね! では、学友にデスクストス家の者はいるかしら?」

「デスクストス? リュークのことですか?」

「へぇ、名前で呼び合うと言うことは仲がいいのかしら?」


 リュークの話になると、オリガさんの瞳が輝き出したように感じる。

 俺はハヤセに視線を向けると、ハヤセの属性魔法でも、オリガさんの心は読めないそうだ。


「えっと、マーシャル家とデスクストス家の人間なので、仲良くと言えるかわかりませんが、俺はリュークのことを尊敬しています」

「尊敬? 意外な言葉ね」

「意外ですか?」

「ええ、噂に聞くデスクストス家の次男は、学校の授業はよくサボるし、女の子と遊んでばかりと聞いているわね」

  

 確かに、一年次の時は真面目に授業を受けていなかった。半年ぐらいサボっていたこともある。それにいつも横には従者をしている女子がいるのも確かだ。

 サボっていたのは研究のためだと聞いている。リンシャン姫様が言っていた。授業は受けなくても成績上位で、遊んでいても問題ないように思える。

 何より、リュークが戦う姿を何度か見たことがあるが、あの強さだけで十分に尊敬に値する人物だと思う。

 

「それも間違ってはいないと思います。ですが」

「何かしら?」


 興味がありそうにこちらを見るオリガさん。


「リュークは、凄いやつなんです。誰も見ていないところで努力ができるやつです」

「へぇ、努力? 風の噂で聞くリューク・ヒュガロ・デスクストスとは結びつかない言葉ね」

「そうなのですか? 俺はあいつに戦いを挑んで負けたことがあります。リュークは魔法だけでなく、体術も凄く強いんですよ」

「ますます、噂とは違うのですね。いつも寝てばかりで動くのを嫌っていると聞きましたよ」

「オリガさんは、リュークのことについて詳しいのですね」


 こちらの言葉に噂と言って口にするオリガさんを不思議に感じてしまう。


「ええ。だって、私にとっては従姉弟になるんだもの」

「えっ?」

「私の叔母様が、リュークの母君なのだよ」

「えっ!」

「ふふ、叔母様が死んでから、リュークの引き取りを求めたこともあるんだけど、デスクストス公爵からは拒否が届いてね。どうしているのかと家族を心配していたんだ。だが、噂と実際に見た人の話では、随分と違うことにリュークにあって見たいと思う気持ちが強くなって来ますね」


 リュークの血縁であることを告げられて、驚いてしまう。


「リュークのことがあり、デスクストス家とは犬猿の仲なのです。噂は知ることができますが、リュークには会えていません。機会があれば、一度会って見たいとは思っているのです。そうだ、ダン殿。リュークにあったら伝えてくれませんか?」

「えっ?」

「簡単な伝言で良いのです。ベルーガの者が会いたがっていたと。それだけで、リュークが行動を起こしてくれれば、こちらから接触できますので」


 オリガさんの瞳から本気であることは理解できた。


「俺で、信じてもらえるのかわかりませんが、話してみます」

「ありがとう。絆の聖騎士ダン君」

「えっ?」

「あなたの噂ももちろん知っています。少し試すように話をして申し訳ないわね。あなたが絆の聖剣を手に入れたことは、王国の貴族ならば知っていることよ。正式な騎士ではないかもしれないけれど今後のあなたは期待された存在であることは間違いないわ。頑張ってね」


 俺は知らなかった。自分が思っている以上に王国全土に俺の名が知れていることを……。


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