第182話 「くっ殺せ」

 マーシャル領でモーニングルーティーンをしているボクの元へ。マーシャル公爵が近づいてきたことに、サーチで気づいていたので、バルニャン仮面をつけて訓練を終える。


「体術とは、スゴイものだな」

「生き残るために必要なことだったのでね」

「生き残るためか、凄まじい人生なのだろう。貴殿は、若いのに人生の辛さを味わったような雰囲気を持つ。まるで一度死を乗り越えたようだ。いや、実際に私が眠っている間にマーシャル領の危機を救ってくれた英雄だ。何度も乗り越えているのだろう」

「言ったでしょ。冒険者として報酬をもらえれば問題はないって」

「どうだ?マーシャル領で名誉騎士になる気はないか?そうすればリンシャンとも」


 マーシャル公爵なりの譲歩なのだろうが、絶対にごめんだね。ボクの将来は、カリンとシロップに甘やかされて怠惰な生活をするんだから。首を横に振って拒否を示す。


「そうか、冒険者を続けるつもりか?」

「いいや。別の貴族に仕えることが決まっているんだ」


 カリビアン家に婿養子として入るんだから間違ってはいないはずだ。


「ふむ。貴殿を迎え入れられる家が羨ましいものだ」


 素直に諦めてくれてありがたい。


「リンシャンのことをよろしく頼むぞ。義息子よ」

「えっ、ああ。任せてくれ」


 一瞬、意味がわからなかったが、豪快な太い腕で抱きしめられる。ミシミシと背骨が軋む。


「泣かせたら許さんぞ!」

「ぐっ!」

「ガハハハハハ」


 バンバンと背中を叩かれて解放された。


「バルニャン。貴様の素性がどのようなものであれ。リンシャンが幸せになるのであれば問題はない。来年には国が荒れる。冒険者に連れ去ってもらう方が、あの子も幸せかもしれぬ」

「あなたは逃げないのか?」

「逃げんよ。どのような結末が待ち受けていようと、私は私のできることをする。それは私が騎士道に殉じるということだ」


 バカな男だ。だが……


「嫌いじゃないぜ。リンシャンのことは任せな」

「うむ。男の約束だ」


 拳をぶつけ合う。


 ボクらはその日の昼すぎにマーシャル領ソードをたった。目が覚めてからは、リンシャンの母親からの質問攻めなどもあって色々と疲れることが多かった。

 何よりも、そろそろ学園が始まるから、カリンにあって王都へ帰らなければならない。


 三年次には、新たな出会いが待っている。

 これからの王国を左右する来訪者に、果たして貴族派や王権派がどのような行動に出るのか、見定めなければならない。


「リューク」

「どうした?」

「いや、なんでもない。楽しいと思っただけだ」


 リンシャンを学園まで送り届けるということで同行している。馬車から身を出したリンシャンは髪を靡かせていた。


 ここまで一緒に旅をしてきた傭兵隊と隊長バッドは、マーシャル公爵家に正式な騎士団として雇われることになった。


「いいのか?」

「へい。あっしらのレベルはカンストしております。他の場所で稼ぐよりもここの方が稼げますんで」

「そうか。達者でな」

「へい。全て大将のおかげです。もしも大将があっしらの力を必要とするならば、必ず駆けつけましょう」

「ボクには必要のない話だ。自分の身を心配してろ」

「クク、へい。そうしやす。ありがとうございやした!」

「「「「「ありがとうございやした!!!!!」」」」


 傭兵隊総勢73名はそのままマーシャル騎士団に組み込まれ、残った冒険者たちは、ネズール家が連れていくことになった。


「リューク様。きたる大戦までにこの者たちは私の手で育てたいと思います」

「好きにしていいよ。ボクには彼らを養うことはできないからね」

「ふふ、リューク様のお望みのままに」


 タシテ君は、ネズール領に帰るということでマーシャル領でそのまま別れた。

 

 マーシャル公爵から、もう一台馬車を貰い受けて、リンシャンとルビーの両親が加わりカリビアン領のリューへ向けて旅が始まる。

 途中でチリス領へよってセシリアへの報告はエリーナに任せた。しかし、セシリアは一人でボクの元へやってきた。


「此度の一件、助力頂きありがとうございました。チリス侯爵が娘セシリアの名においてこのご恩は決して忘れませんわ」


 彼女は誰も見ていない場所で、ボクへ膝をついて礼を尽くした。ボクは、面倒に感じながら「貸し一だね」とだけ伝えて、今回のチリス滞在を終えた。


 カリビアン領リューに戻ると、アカリ、ミリル、リベラに迎えられて、宮殿で食事をとった。カリンがいないのが残念だけど、久しぶりに会う学友たちに談笑が絶えなかった。


 そのまま夜まで飲み会が続いて、それぞれ泊まるというので、宮殿に一室を設けて眠りについた。


 月が差し込むテラスに一人で、果実酒を飲む。


「眠れないのか?」

「ああ、少し喉が乾いてね。君こそ眠れないのかい?」

「そうなんだ。皆と過ごすのが楽しくて、少し興奮してしまって眠れないようだ」


 リンシャンがボクに寄り添うように膝の上に腰を下ろす。


「随分、大胆だね」

「今日の私は少し酔っているんだ。リュークに甘えたいと思うほどに」


 ボクはゆっくりと空へと浮き上がる。


「マーシャル領を救ってくれてありがとう」

「なりゆきだけどね」

「それでもだ。私は死を覚悟していた。お父様もリュークが間に合わなければ危なかった。二年前、リュークに会った時の私は、まさかリュークに助けられるなんて思いもしなかった」

「そうだね。あの当時の君はお堅い騎士様だった、例えばボクが君の体を抱き寄せれば!」

「やっ、やめろ《くっ殺せ》このような辱めを受けるくらいなら」


 それは悪役貴族のリュークが言わせるはずだったリンシャンのセリフだ。

 こんな冗談のように使うセリフではないけれど。そんな風に言い合える関係になったのだ。


「ふふ」

「はは」

「ふふふふ、ノリがいいね。やめてあげないよ」


 ボクはリンシャンの唇を奪った。今度は事故なんかじゃない。二人の唇が重なり合い、そのまま誰もいない場所へと二人を運んでいく。


「いいのかい?」

「もう、私は全てを捧げると誓ったんだ。最後の心残りは家族のことだった。だけど、リュークに救われたこの身、この命、この心はリュークのものだ」


 ボクはリンシャンを求めた。

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